シャーマンへの道「4 ユタ」
沖縄のユタって知っている? ひらたくいうと、神様に感応して言葉を降ろす民間の霊能者みたいなものかな。で、宮古島滞在の最終日にひょんなことからユタに観てもらうはめになったんだけど。。。さて。
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年老いたユタは神棚の前に座ると棚のわきに置いてあった煙草に火をつけた。
どうみても80歳は超えている。
わたしはなんでこんなことになったんだろうと思いながらも沖縄式の神棚を眺めた。
三段ほどの白木の神棚にはろうそくがともされており、中央に香炉が置いてあった。さらに酒や水、それに果物などが供えられ、神棚の両側には椿に似た濃い緑色の葉をしたフクギの枝が飾られている。
ユタのおばァはふうっと煙を吐き出すと、穏やかな顔をこちらに向けた。
「宮古に来た理由……気づいてるでしょ? 本当は気づいてるはずだよ。違う?」
「え……」
わたしは言葉に詰まった。物語のネタ探しが目的のひとつだけど、なんだかそれは副次的な理由のような気もする。
「わからないかな」
ユタはひとり言のようにそう言うと、唄を歌いはじめた。
「サーヨーイ いらうとがまーん ばしがまんなよ」
不思議な抑揚の唄だった。
「どういう意味かっていうとね。昔、平良の男が伊良部の女に恋をした。男は会いたくて、会いたくて、毎日毎日、海を見てたわけさ。ね? 伊良部と平良は離れてるけど、すぐ近くにあるわけさ。ね?」
ユタは続きを歌いはじめた。
「ばなりとが……えーと……」
おばァはおでこを押さえた。
「ばなりとが……。なんだったっけな……あれ、忘れちゃった……おかしいな……」
なんだかようすがおかしい。
「サーヨーイ いらう……」
ふいに、ユタの声がかすれた。
「サー……イ い……らう……」
ユタは苦しそうに両手で喉を押さえた。
「ああ、神さまが止めてなさる。線香もあげんで勝手にやったから……」
ユタの顔がゆがんだ。
「待ってな。線香をあげるから」
ユタはかすれた声でそう言いながら、神棚のわきに置いてあった線香の束を手にとった。線香にぽっと火がつき、白い煙があがった。ユタはそれを恭しく香炉に立てた。
「神に祈る気持ちがあるなら、手を合わせてな。そうじゃなければ、合わせなくていいから」
ユタは苦しそうな声でそう言うと、神棚に向かって両手を合わせて、聞き取れぬほど低い声で言葉を唱え始めた。頭を垂れて、口の中でくりかえし言葉をつぶやいている。ふいにその言葉が止んだ。かすかな香の匂いとともに、白い煙がゆるゆると天井に昇ってゆく。
わたしは観るともなく老ユタのちいさな背中を見つめた。
わずかな沈黙が降りた。
ふいに、ユタは三回ばかり大きくうなずいた。
やがてユタはゆっくりとこちらに向き直った。
ユタの目の淵が真っ赤だった。
ユタはわずかに涙のにじんだ瞳でわたしを見つめた。
「あんた……つらかったでしょ。あんたは、ちっちゃい時から、ひとのしなくていい体験をして、考えなくていいことをたくさん考えさせられたね」
わたしは息をのんだまま、ユタのしわくちゃな顔を見つめた。
「つらかったでしょ。ずっと、さびしかったでしょ。違いますか?」
たしかにおばァの言うとおりだったかもしれない。
自分の事情は何ひとつ話していないのに、ユタはわたしの心を感じて泣いていた。
赤の他人のわたしの気持ちを思って泣く老ユタの心が伝わってくる。
それが無性に暖かくて、なんだか救われた気がした。
わたしが黙ってうなづくと老婆が言った。
「あんたがつらいのはよくわかる。でも、わしは神さまの言葉を伝えなきゃならない。約束……約束を果たせ――神さまは、そう言ってる」
「え?」
わたしは予想外の言葉にわけがわからなくなった。
(シャーマンへの道「5 ウハルズの謎」につづく)
2015年9月
【シャーマンへの道シリーズ】
シャーマンへの道「1 やりたいこと」
シャーマンへの道 「2 エネルギーの使い方」
シャーマンへの道「3 宮古島」
シャーマンへの道「4 ユタ」
シャーマンへの道「5 ウハルズの謎」
シャーマンへの道「6 白龍」
シャーマンへの道「7 決断」
シャーマンへの道「8 禍津神の封印」
シャーマンへの道「9 暗黒龍王」
シャーマンへの道「10 心の暗黒面とフォーカシング」
シャーマンへの道「11 天河弁財天」
シャーマンへの道「12 大神神社と土砂降りの雨」
シャーマンへの道「13 「意識を飛ばす 竹生島弁財天」
シャーマンへの道「14 六芒星起動」
シャーマンへの道「15 それ」
シャーマンへの道「16 『それ』の本当の意味」
シャーマンへの道「17 そして、神がみえなくなった」