シャーマン・スピリチュアル」カテゴリーアーカイブ

立春と今年の流れ


 立春の日は近所のイタリアンのお店でビールを片手にランチを食べて、ほろ酔い気分でブログの過去記事の整理を始めた。
 
 
 昨年末にライブドアブログからwordpressに引っ越すときにけっこう記事を削除したけど、それでもまだ670本ちかくもある。ブログを始めた当初はこんなに続くと思っていなかったのもあって、カテゴリー分けがざっくりしすぎていて、いまとなってはどこに何の記事があるのかすらわからない状況に陥っている。おまけにライブドアからの引っ越し作業がうまくできなくて、記事の改行が反映されていなかったりとめちゃくちゃ読みにくい状態になっている。
 

 というわけで、わかりやすくインデックスを作りつつ改行も修正して、もうちょっとわかりやすいブログにしようかなと作業を開始したところなので、暖かい目で見守ってね。
 

 ブログを始めたのは2005年1月5日だから、ちょうど今年のお正月でまるまる12年になる。まだブログというものが世の中に存在していなくて、ホームページに地道にエッセイをアップしていた時期を含めると、ネットで情報発信をするようになってからいつの間にか15年も経ってしまった。
 

 15年前って、わたしが40歳のときだよ(^^;
 感慨深いというか、びっくりだ。
 わたしにとっては今年は大きな節目だと感じていて、これまでの人生を振り返りつつ過去を整理して、新しい風に乗る時期なのだろう。
 

 年明けの神示と合わせて考えると、これ、わたしだけじゃないかもしれない。
 2月いっぱいは次を模索しつつ、まだ過去の整理期間、3月から徐々に動き始めて春分で本格的に始動。5月のbig waveに乗って、今年後半の台風級の風と波を乗りこなして、年末には新しい時代の扉をあけるって感じかな。
 

 ふう。大混乱の幕開けの年にふさわしく、タップを踏みながら新しい風に乗ろうね♪
 

2017年2月6日

火の神域

 気がついたら今日は節分。季節が過ぎるのはあっと言う間だなあと思う今日この頃ですが、お元気ですか。
 
 昨日はひさしぶりに箱根に御蕎麦を食べに行ってきた。箱根に行くのは2015年の四月に火山活動が活発になって大涌谷が立ち入り禁止になったとき以来だから2年ぶりぐらいだ。
 

 ひさしぶりの箱根は節分の前日ということもあって、いい意味で張りつめた空気感とピーカンの青空がない混ぜになって凛としたエネルギーに満ちていた。火山活動も一時期よりも落ち着いているので、大涌谷も観光客で大賑わいだった。
 

 唐突だけど、火というのはとても霊力が強くて、古いものを浄化し、新しいものを産み落とす、あるいは目覚めさせる力がある。昔話で花咲爺さんが灰を蒔いて、枯れ木に花を咲かせるシーンがあるでしょ? あれは火の霊力をモチーフにしてるんだよね。
 

 そういえばわたし自身も昔、灰に関する不思議な夢を見たことがある。
 夢の中で、灰をもらうんだよね。で、それを蒔けと言われて、無造作を灰を蒔くと、渦を巻きながら風に乗って世界中に灰が広がってゆく夢。
 

 その夢を見たあとから、急速にシャーマン能力が開花していった。その過程で水系の修行は必要ないとかで滝行は一度もやらなかったけど、炎を何時間も見つめる修行とか、山岳を何時間も歩くとか、荒っぽいこともずいぶんやった。
 

 

 このところ後進を育てるほうにまわっているので、わたしが神事をすることはめったにない。今回の箱根もメインは後進の子たちで、わたしはお蕎麦がメインだ(笑)。それでも箱根は大地と火のエネルギーが満ちているので神域にいるだけで気持ちよくて幸せ。
 
 
 

 明日は立春。
 いろんなことがあると思うけど、新たなエネルギーを呼び込んで素敵な流れを作りましょ。
 

おとなになるって何だろう?

 長い物に巻かれない、自己主張のはっきりした若者をつかまえて、「大人になりなさい」と言うひとがいるよね。
 
 大人になるって何だろう?
 
 それは大切な誰かのために自分の欲求を納得して捨てられるようになったときじゃないかなあ。
 
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無駄と無私とソーシャルキャピタル

 人生にはいろんなタイミングがあるよね。
 わたしの場合は30代後半から50歳にさしかかる10数年間は子育てに仕事に全力で走ってきた気がする。ルテラムウの仕事をある程度のところまでやりきった頃にシャーマンの仕事が佳境にはいり、そして2011年に東日本大震災が起きた。
 震災直後の神事の連続や祈りの勉強会、各種イベントで忙しい時期が2、3年ほど続いたけれど、それも徐々に落ち着いてきて、ここ2年ぐらいはなんだか人生をやりきった感があるんだよね。
 ルテラムウを始めた頃の、熱いビジョンを具現化しようと格闘したり悩んだりした日々は13年という歳月をかけて徐々に穏やかな日常の風景に変わっていった。それにともなって、自分なりの夢や理想があって一生懸命だった頃なら引き受けなかったお金にならない仕事も増えた。
 自分の中ではやりたいことをやりきった感があるからかな。
 自分のもっているスキルやキャパが純粋にひとの役に立つなら、それはそれでありがたいと思ったりする今日この頃だ。若い時はめちゃくちゃエゴの強い人間で、そりゃもう大変だったのに、やっぱり年を重ねるごとに毒気が抜けていくらしい。
 友人などには、いまは運気がいい時期なんだからもっと手広く仕事を広げていくとか何かをやったほうがいいと言われるときもあるんだけど、なんか違うんだよね(笑)。わたしがそうした仕事のやり方に違和感を感じているのは、社会全体が集中して成長を求めて働いてきた結果がいまの日本や世界の状況なんじゃないだろうかと気がついたことも大きな理由だ。
 効率化、マネジメント、拡大、成果主義、利益の追求、成功、消費の促進、経済成長、競争原理。
 人類はどこまで経済成長してゆくつもりだろう? 
 この右肩上がりの価値観がいつのまにか人間を顔の見えない、たんなる数字や記号としてしか見なくなってしまった要因じゃないのかな。
 たとえば日本では年間3万人の自殺者がでる。
 数字だけ見れば3万人以上でも以下でもない。
 でもそこにはひとりひとりの人生があって物語がある。家族や友人にとって、身近なひとの死は大きな悲しみであり、その人がいなくなることでそれぞれの人生は計り知れない影響を受ける。
 別の例をだすと、ある食品添加物を食べ続けた場合の催奇性は1パーセント以下だったとしても、実際に問題がでた当人にしてみればそれは確率の問題じゃないよね。人生をどう生きるか、家族の立場ならそのひとをどう支えるか、という長い物語だ。
 ごく当たり前の時間を丁寧に、豊かに生きることは、消費社会的にはまだ少数派の価値観かもしれないなあ。「潮目の先にあるもの」でも書いたけど、ソーシャルキャピタルが今後のキーワードだろう。
 来週から講座も始まるし、いくつかのプロジェクトも水面下で同時進行している。
 でもゆっくり、穏やかに、無駄や無私を楽しみながら歩いてゆきたいなーと思います。
 
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