シャーマン・スピリチュアル」カテゴリーアーカイブ

無駄と無私とソーシャルキャピタル

 人生にはいろんなタイミングがあるよね。
 わたしの場合は30代後半から50歳にさしかかる10数年間は子育てに仕事に全力で走ってきた気がする。ルテラムウの仕事をある程度のところまでやりきった頃にシャーマンの仕事が佳境にはいり、そして2011年に東日本大震災が起きた。
 震災直後の神事の連続や祈りの勉強会、各種イベントで忙しい時期が2、3年ほど続いたけれど、それも徐々に落ち着いてきて、ここ2年ぐらいはなんだか人生をやりきった感があるんだよね。
 ルテラムウを始めた頃の、熱いビジョンを具現化しようと格闘したり悩んだりした日々は13年という歳月をかけて徐々に穏やかな日常の風景に変わっていった。それにともなって、自分なりの夢や理想があって一生懸命だった頃なら引き受けなかったお金にならない仕事も増えた。
 自分の中ではやりたいことをやりきった感があるからかな。
 自分のもっているスキルやキャパが純粋にひとの役に立つなら、それはそれでありがたいと思ったりする今日この頃だ。若い時はめちゃくちゃエゴの強い人間で、そりゃもう大変だったのに、やっぱり年を重ねるごとに毒気が抜けていくらしい。
 友人などには、いまは運気がいい時期なんだからもっと手広く仕事を広げていくとか何かをやったほうがいいと言われるときもあるんだけど、なんか違うんだよね(笑)。わたしがそうした仕事のやり方に違和感を感じているのは、社会全体が集中して成長を求めて働いてきた結果がいまの日本や世界の状況なんじゃないだろうかと気がついたことも大きな理由だ。
 効率化、マネジメント、拡大、成果主義、利益の追求、成功、消費の促進、経済成長、競争原理。
 人類はどこまで経済成長してゆくつもりだろう? 
 この右肩上がりの価値観がいつのまにか人間を顔の見えない、たんなる数字や記号としてしか見なくなってしまった要因じゃないのかな。
 たとえば日本では年間3万人の自殺者がでる。
 数字だけ見れば3万人以上でも以下でもない。
 でもそこにはひとりひとりの人生があって物語がある。家族や友人にとって、身近なひとの死は大きな悲しみであり、その人がいなくなることでそれぞれの人生は計り知れない影響を受ける。
 別の例をだすと、ある食品添加物を食べ続けた場合の催奇性は1パーセント以下だったとしても、実際に問題がでた当人にしてみればそれは確率の問題じゃないよね。人生をどう生きるか、家族の立場ならそのひとをどう支えるか、という長い物語だ。
 ごく当たり前の時間を丁寧に、豊かに生きることは、消費社会的にはまだ少数派の価値観かもしれないなあ。「潮目の先にあるもの」でも書いたけど、ソーシャルキャピタルが今後のキーワードだろう。
 来週から講座も始まるし、いくつかのプロジェクトも水面下で同時進行している。
 でもゆっくり、穏やかに、無駄や無私を楽しみながら歩いてゆきたいなーと思います。
 
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御所野縄文遺跡と山栗

 今日は秋分。
 東京は朝から雨降りだね。
 さて先週は北東北の御所野遺跡に行ってきた。
 盛岡からさらに北へ1時間くらい走ったところにあるんだけど、山間の町の小高い丘の上にあって、この場所に立っているだけで縄文の空気感を感じることができる。
 縄文人は栗を栽培し、土器にわくわくするような芸術的な模様を刻み、大地と森に祈り、穏やかに暮らしていたんだろうな。
 北東北はすでに紅葉の気配で、桜の葉っぱが赤く染まっていた。
 来月初旬には紅葉真っ盛りかな。
山栗おさら
 御所野遺跡の帰りに、近所の山で山栗を拾ってきた。
 普通のお店で売っている栗よりもふたまわりくらい小粒だけど、味が濃くて甘みが強い。
 うちではこれをフライパンで炒って、焼き栗にして食べる。
 秋の味覚だよね。
 山のものや野草を食べると野生の直観が冴える。
 おすすめだよ。
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潮目の先にあるもの

 こんにちは。毎日暑いけど、お元気ですか。
 今週は月曜日から広島、奈良に行っていて、昨夜東京に戻りました。
 ふう。東京はやっぱり暑いね。
 
 さて今日は久しぶりに真面目に社会の変化について書きます。
 突然だけど、自然災害の多発と社会体制の変化は一致する。
 たとえば東北の蝦夷が大和朝廷に支配されてゆく9世紀には大地震が多発した。貴族社会から武士が台頭する鎌倉時代にかけても地震や飢饉等の自然災害が多発した。徳川幕府が倒れる大きな要因のひとつが富士山の大噴火だったという話も読んだことがある。
 ざっと歴史を振り返ると分かるように、自然災害の多発と社会体制の変化は一致するんだよね。災害によって食料の不足とそれをきっかけとした貧困や社会不安が増大すると、うまくいっていたときには見えなかった社会体制の弱点が浮き彫りになって、それまでのシステムでは対応できなくなる。混乱と崩壊を経て、新しいシステムに移行するというのが人類の歴史の流れだと言ってもいい。
 近年の日本では1995年1月17日の阪神淡路大震災を境に地震が多発するようになってゆく。日本列島はやはり地震の活動期にはいったんだろう。そして決定的に社会の弱点や暗部が露呈したのが2011年の東日本大震災だった。
 こんな時代だからね。
 わたしはバブル世代だから、ある意味で幼少期から20代を安定した社会の中で過ごした。当時の私にとって、歴史は歴史でしかなく、社会体制の変化に自分がまきこまれていくなんてまったく想像できなかった。東日本大震災の渦中で、その考えは子供じみた幻想に過ぎなかったってことを痛いほど思い知らされた。
 あれ以降、社会は一見平静を保っているけど、いずれ大きな揺り返しが来る。
 その小さな発端が2016年9月じゃないかと思っている。
 車やバイクを運転する人はわかると思うけど、大きなカーブを曲がる手前でブレーキをかけるでしょ。
 その最初のブレーキのきっかけが今月だろう。
 タイトなカーブならパシっとハンドルを切り返して走るんだけど、めちゃくちゃ大きなカーブだからカーブを走行中はハイスピードで安定していて、カーブをぬけたら全く景色が変わっているような感じ。
 日本も世界も数年かけてこのカーブを曲がるんじゃないかな。
 あとから振り返ったときにはじめて2016年9月が大きな潮目のひとつだったとわかる感じかな。
 で、激動の時代に大事なのは、社会関係資本(ソーシャルキャピタル)だ。
 これは簡単にいうと、モノやお金ではなく、信頼や思いやりや地域のコミュニテイといったひととひととの繋がりを通してしか得られないもののことだ。このつながりが社会不安を鎮め、かつより快適な新しい社会を作ってゆく原動力となる。
 家族や他者との快適な関係性を作るには、まず自分の心と体を大事にしてあげること、癒してあげることが必要なんだよね。自分がイライラしていると家族に優しくできなかったり、友人の幸せを素直に喜べなかったりするものね。
 わたしもサイコシンセシスやフェルデンクライスメソッドなど、心や体を整える仕事をしているけど、これを仕事にしている理由は激動の時代の着地点をより心地よいものにしたいと思っているから。
 人類の歴史の転換期は常に狂乱と戦いが付きまとう。
 でもそれはわたしたち人間の成熟しきれていない、幼い恐怖やエゴが引き起こす悲劇なのだと思う。
 歴史の流れは止まらない。
 けれどわたしたちは目の前の現象に対して、どう反応するかを選ぶことができる。
 不安と恐怖と自己保存欲求に支配されて自滅するか、自分の心の動きに気づいたうえでそれに飲み込まれることなく愛とユーモアを片手に最善の行動を選ぶか?
  転換期に向けて、わたしたちひとりひとりが自分の中の不安や恐怖を受け止めて癒せる「心」を育てることができれば、人類はまったくあたらしい未来の扉を拓くことができるに違いない。
 そして、
 その最初の一歩は他の誰でもない、
 あなたから始まる。
 八幡平木道
 
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週末田舎暮らし中

 7月末から一週間ほど岩手の田舎に滞在していた。
 ちょうど昨年採れたやつをタネイモにして育てたじゃがいもが収穫時期を迎えていた。さらに今年から始めた金時豆とインゲンと枝豆もいい感じに育っている。
aラベンダーと東屋
 
 写真は一昨年、ご近所さんにもらって、大切に育てたラベンダー。
 最初はちいさな芽だったのに、ずいぶん大きな株になった。
 むこうの生活は農作業と冬場の薪づくりがメインで、時間ができると近隣の山に登りに行ったり、庭の東屋で珈琲を飲みながら鳥の声を聴いていたり、そうそう夜はご近所さんと飲むことが多い。料理も素材の味を生かした素朴なものがほとんどだけど、遊びに来る友人たちが異口同音に美味しいといってくれるのがうれしい。
 これ、ずっとやりたかった生活スタイルなんだよね。
 2011年の震災を機に地方に拠点を作って、数年かけてすこしずつ生活の比重を地方に移してきた。東京の仕事もすこしずつ減らして、いずれは完全に地方にシフトできるといいな。
 向こうでの仕事は何ができるのか考え中。
 時代は大きく動いているよね。
 10年後はまったく新しい生活をしているんだろうな。
八幡平木道
 
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岩木山神社奥宮

  昨日、青森県の岩木山に登ってきた。
岩木山奥宮
 岩木山はおよそ標高1600メートル。
 樹林帯を抜け、岩だらけの急坂を登り切ると、山頂からは360度見渡せる単独峰だ。
 北は北海道の松前崎から日本海に面した秋田県のなだらかな海岸が見渡せる。
岩木山風景
 津軽富士と呼ばれる岩木山はじつは信仰の山でもある。
 山頂には北門鎮護の岩木山神社の奥宮があり、地元の人々から大事にされているんだよね。
 下山後、麓の岩木山神社に立ち寄った。
 じつは岩木山神社に行くのは5年ぶり。
岩木山神社鳥居岩木さん神社
 はじめて岩木山神社に行ったのは2011年3月22日のこと。
 震災直後の春分の日に淡路島のとある場所で祈っていた折、急遽要請が入ったため翌日新潟に向かった。
 弥彦山に登るためだ。
 3月のと新潟はまだ雪が積もっていた。
 山頂で地元のおじさんが話かけてきた。
 彼は風向きを確かめながら東の空を見つめたまま、福島にいる親戚の話をしてくれた。
 下山するとすぐに新幹線で東京に戻り、その足で羽田から弘前に飛んだ。
 真冬の岩木山に登るのは当時の私の技術ではさすがに難しい。
 麓の岩木山神社で本殿の向こうに見える岩木山の峰にいる神霊に祈った。
 あれから5年の月日が流れたんだなあ。
 今回は真夏のレジャー兼岩手山登山のトレーニングもかねての岩木山登拝だった。
 
 2011年のときは雪で真っ白の岩木山神社しか見ていないから、鮮やかな緑の木立に囲まれた岩木山神社は新鮮だったよ。
ニッコウキスゲ
おまけ写真。一昨日登った岩手八幡平のニッコウキスゲ。
  
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