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愛するということ

 ここ数年、家庭も、仕事も、趣味も、人生の楽しみの主要な部分はじゅうぶん満たされた日々を過ごしている。考えてみたら、人生に多くを望んだわけじゃなかった。わたしがいちばん欲しかったのは無条件の愛だけだった。それ以外はいらない。ずっとそう思っていたんだよね。
 

 若い頃のわたしは生きるのがとても辛かった時期が長かった。
 親や周囲の人間は自分にとって、いつだって怒りと悲しみの源であり、間違っても味方だと感じたことはなかった。まあひとことで言うと、うまくいかない家族関係の中でさまざまな重荷を背負ってしまって、それが成人後も尾をひいていたわけだ。、
 

 そんな経緯があって、わたしは永遠の愛、無条件の愛がほしかった。
 わたしの何もかもを受け入れ、愛してくれるひとがほしかった。
 
 
 でもそんなものは生身の人間にはほぼ不可能に近い。
 それができるとしたら、それは神の愛だ。
 ・・・と、思っていた。
 
 
 不平不満を言っていても人生は変わらない。
 まずは自分にできることをしようと思った。 
 わたしが取り組んだのは、そんな自分の苦しい気持ちを受け止めてあげることだった。 
 

 どんなにダメでも、情けなくても、それでもわたしは、ここにいる。
 それでも生きている。
 世界中を敵にまわしても、それでもわたしは生きている。
 その事実だけは誰にも否定することはできない。
 生きようとする命を止めることなんて誰にもできない。
 わたしだけは、わたしの味方だよ。
 誰ひとり愛してくれなくても、わたしだけはわたしを愛してあげよう。
 自分自身でいることを決して放棄しない。
 若かったわたしはそう心に決めた。
 

 ささいなことで揺れる自分の気持ちに気づいたら、それを優しく受けとめてあげる。
 できることから自分の望みを叶えてあげる。
 お茶にするか、コーヒーにするか? 
 この映画は観たいか、観たくないか?
 このお誘いにYESと言うか、NOと言うか?
 

 ちいさなことこそ大切に、自分の意志で決めることが、自分を愛する、認める、信頼するの一歩目だ。最初のうちは自分自身でいることができなくて、NOと言うことにものすごくエネルギー使ったり、不必要に攻撃的だったり、自己中だったり、そりゃ大変だった(笑。
 

 そんなふうに自分を知って、自分の中の喜怒哀楽やさまざまな思いを受け入れて生きているうちに、いつのまにかどんな自分も愛しいと思えるようになっていた。
 

 そして自分がこの世界から無条件に愛されていることを実感できるようになっていた。
 その感覚こそが、ずっと欲しかったものだったんだよね。
 

 そう、わたしは無条件に愛されている。 
 

 そして、
 深く、優しいまなざしで、この世界を観ている自分に気がついた。
 

 心の中のセルフイメージが変わると現実が変わる。
 やがて女性として無条件に愛し、愛されるパートナーと出会って、いまは平穏な日々を送っている。
 

 愛され女子になるにはどうしたらいいですか?
 どうしたら祈りの心を育てることができますか?
 どうしたら自分を愛すること、パートナーを愛することができますか?
 そんな相談をよく受ける。 
 
 
 若い頃の、触れば火傷をするような女だった頃からは想像もつかない変貌だ(爆)。
 でも、そうだな、祈りも、愛され女子も基本は同じ。
 

 まず「幸せになるのは当たり前」だと決断しなさい。 
 自分の気持ちに気づきなさい。
 自分の気持ちに気づいたら、感じつつ、眺めてごらん。
 そしてどんな自分をも受け入れなさい。
 あなたはあなた自身の味方でありなさい。
 自分の望みを叶えてあげなさい。
 結果ではなく、その望みを叶えると決断し、行動した自分を褒めてあげなさい。

 

 この習慣を繰り返してゆけば、いつのまにかあなたが望んだものはきっと手にはいっているよ。
 

【サイト内参考記事】
信じる力
信じる力2014
 

2014年7月24日