与那国島 1 海底遺跡とヤシの木の腕輪

おなじみ「現役雑誌記者による、ブログ調査分析報道!」で「海底遺跡と東シナ海の興亡」という記事を書いてきました。
夏だし、気楽に与那国島観光案内の記事でも書こうと思っていたんだけど、いざ書き始めたら話が妙な流れに。東シナ海の排他的経済水域の話が絡んでいるので、寄稿したほうはちょっぴりカタい内容かもしれません(笑)。
てなわけでこっちは、同じ与那国つながりだけど、もうちょいロマンチックなお話です。
そもそもわたしがはじめて与那国島に行ったのは2002年の秋のこと。
これはまあ、いつものごとく島の精霊たちの要請を受けてのシャーマンのお仕事。与那国島はとっても月とつながりの強い島で、もちろんムーの流れも強いところなんだよね。
宿はダイビングショップが経営しているところなんだけど、これが今思えばお約束だったとしか思えない。
仕事もひととおり終わって時間が余っていたので、海底遺跡について、ショップのオニイに聞いてみた。
「海底遺跡をみるグラスボートってやっていたっけ?」
「遺跡がみたいの? だったらグラスボートなんてつまらないよ。やっぱり潜らなきゃ」
「でもわたしダイビングやったことないし・・・」
この頃はまさか自分がダイビングをすることになるなんて考えてもいなかった。当然、Cカードも持っていなかったんだよね。
「体験ダイビングでも潜れるけど、今日はもう船が出ちゃったなあ。明日帰るんだっけ?」
「うん」
「そうか。グラスボートも出ちゃってるし。なら、うちでCカードとれば?」
それから三ヵ月後の2003年の1月の半ば。
わたしはCカードをとるために、真冬の与那国島空港に降り立っていた。
一週間の講習を受け、無事Cカードを取得。
そして翌日、念願の海底遺跡ポイントに潜ることになった。
じつは前回与那国に行ったとき、乗り継ぎで立ち寄った石垣島でヤシの木で造ったビーズの腕輪を買ったんだよね。シンプルだけどすごくかわいくて、なんだか腕輪に呼ばれたような気がしたの。で、めったにアクセサリー類は買わないわたしが、その場で腕につけてもらって以来、寝るときもお風呂のときも一度もはずすことなくこの日に至っていたわけ。
ヤシの腕輪をつけたまま、ウェットスーツを着込みボートに乗り込む。
遺跡ポイント付近でエントリー。そのままゆっくりと耳抜きをしながら水深25メートルの海底に向かう。
直角に切り出したような石の階段や、側溝のような溝。ただっぴろいテラス上の広場に六角形の亀のレリーフのような石が置いてあったり、まるで石でできた巨大な都市の一画を思わせるような構造物なんだよね。
海の中にはよく河のような流れがあって、遺跡ポイントのあたりは比較的流れがあるんだよね。この流れにつかまると、場合によっては非常にあぶない。初心者としてはちょっぴりビビりつつ、流れを横切り遺跡の反対側へまわる。
遺跡の一番高い場所は海面すれすれなんだよね。
水中からふと海面をみると、ちょうど遺跡のいちばん高い場所に波がぶつかって、波がうねるたびに大量の白い泡ができて陽光を反射していた。
実際に潜った感想はやっぱり遺跡かな。
与那国島はもちろん南西諸島一帯は、1万2000年前の地殻変動と海面上昇によって沈んだ琉球古陸だという、琉球大学理学部物質地球学科の木村政昭教授の説に賛成(笑)。翌日10日近く滞在した与那国島に別れを告げて東京に戻った。
自宅に戻ったその夜のこと。
事故もなく無事帰宅できたことを感謝しつつ祈ろうと思った瞬間、ヤシの腕輪がぷちっときれた。たたみにヤシのビーズがころころと転がり落ちた。
三ヶ月前に石垣島で買って以来、いちどもはずしたことがなかったのに。。。
約束を果たしたから、もう腕輪の役目をおえたのかな?
なんの約束?
もちろん遺跡に住む精霊たちに会いに行くって約束に決まってる(笑)。
古琉球の海と大地の精霊たちが、笑っているような気がした。
2005年7月9日
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