シャーマンに至るまで 1
「キョーコさんは持って生まれた才能があってうらやましい」
先日、ある方からそう言われて、ふと気づいたことがある。
友人も含めて、ずいぶん多くの方からキョーコという人物は天性のシャーマンだと思われているらしい。
考えてみると、わたしはこれまで自分自身についてあまり語ったことがない。
別にかくしていたわけじゃなく、たんに訊かれなかったから話さなかっただけなんだけど、相手の中で勝手にイメージが膨らんでしまったことについては多少責任がなくもない。
というわけで、昔話にちょっと付き合ってください。
☆
わたしがはじめて奇跡体験をしたのはたしか19歳のときだったと思う。
子供のころの私は多少おかしな現象に遭遇することもあったけど、いわゆる霊感が強いとか、何か特別なものが見えるといった子供ではなかった。ただ普通の子よりも多少怖がりだったかもしれない。夜の暗闇が怖くて、いつも電気を消すと何かが部屋の中にいるような気がした。
だから子供心に毎晩必死に祈った。
恐怖に耐え、「神様、どうぞお守りください」と祈って、やっと安心して眠りにつくことができた。もちろん当時は神様といっても光はおろか、まったく何も見えない。見えないけれど、神様が守ってくれると信じなければ、恐怖を克服することができなかったのだ。
北海道で生まれ5歳の時に東京に引っ越し、東京と北海道の文化の差(?)に戸惑いつつも、その頃のわたしは毎日日が暮れるまで外で遊んでいた。
ところが9歳のときだった。
その日は近所の神社の秋祭りだった。多少風邪気味ではあったけど、親に無理をいってお祭りに行った。境内には所狭しと夜店が軒を連ね、東京音頭が流れていたのを覚えている。
そして翌日高熱を出した。
病院に行くと、どうも普通の風邪じゃないということで大きな病院を紹介されて精密検査にまわされた。おとなになって知ったのだが、当時なかなか病名がわからず、国内初の新型の腎臓病ということで、ずいぶん学会の論文のネタになっていたらしい。
そんなわけで9歳の時に発病してから入退院を繰り返す日々が始まった。
私が入院していた小児病院には癌や白血病などさまざまな病気を背負った子供たちが大勢いた。大きな病院だったので院内に学校もあり、朝食が済むと、動ける子供たちは学校に行く。その姿は普通の子供たちと変わらない。私は絶対安静だったので、そんな彼らがうらやましくもあった。
病状はすこしずつ悪化していった。
腎臓病の子供は腎生検といって、定期的に細胞診検査のために太い注射針を腎臓にさして、細胞の一部を抜き取る検査をすることが多い。もちろん痛いので局所麻酔をかけるのだが、麻酔をしてもとにかく痛い。
あれは19歳のときだった。
何度目かの腎生検で、手術室のベッドに寝ていた時だった。
まだ局所麻酔を打つ前だったが、痛みに対する恐怖から、神様助けてくださいと祈っていた。
せめて採取時の痛みだけでもなくなればと思ったのだ。
必死に祈っていると、不意に体がふわっと浮いて、手術室全体が金色の強烈な光に包まれた。
それは初めての体験だった。
救われた、と思った。
次に瞬間、光は消え、体はベッドに戻った。
それがはじめて光を見た体験だった。
もちろん実際には体がベッドから浮き上がることはなく、光も私だけが見たのだろう。検査はスムーズに行われ、不思議なことに痛みもまったくなかった。
(2につづく)
2011年7月27日
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