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2回目の生まれ変わり ②

 42年も生きていれば、それなりに人生経験を積み重ねてきたけれど、それでもこのときの絶望感はそれまで味わったことのない痛みだった。ちょうどこの半年間、この世界とのつながりを強く感じていた最中だっただけにそのどうしようもない痛みは正直堪えた。まるで世界と切り離されて、たったひとりで異質な世界に落とされたような圧倒的な孤独感が胸の奥から突き上げてくるのだ。
 

 わたしの魂はわたしを残してあの楽園に行ってしまった。
 そう思ったのだ。
 

 けれど二日、三日と経つうちにだんだんと孤独感にも慣れてきた。あいかわらず身体はスカスカで乾いたスポンジにようだったけれど、2週間が過ぎた頃には気持ちもだいぶ落ち着いてきた。
 

 その晩も家族が寝静まってから、ひとりベランダに出てぼんやりと夜空を眺めていた。魂が抜けてしまったんだなあ。。。。あいかわらず胸の奥に孤独感と絶望感が居座っていたけれど、それでも当初よりはずいぶんマシだ。
 

 ふと空を見上げると、まん丸なお月様があった。
 ちょうどその日は満月だった。都会の薄墨を流したような空に金色の大きな月が煌々と輝いている。
 

 わたしの魂はあの月にいる。
 なんとはなしにそう思った刹那、月が輝きを増したような気がした。
 次の瞬間、眩い光がわたしの中に入ってきた。
 

 そのときはじめてわたしはこの二週間の間に起きたことを理解した。
 二週間前、たしかに魂は一度わたしの身体から抜け出たのだ。そして間髪置かずに身体に戻った。ただし楽園の力を身にまとった魂として。
 

 魂にしてみれば、社会の役に立てなければ見捨てられるという不安が強い人間だったわたしが「宇宙から愛されている実感」を得ることは今生の人生上重要なミッションだった。それが完了したとなれば今生の人生でのミッションは第二ステップに移る。スポーツでいうなら、ひよわで体力のない選手には技を教えるよりも、まず動ける身体を作るのが最初の目標。それが達成できたら、たとえばドリブルでのボールコントロールというふうに第二段階の目標を設定するといったイメージだ。
 

 これは例えだけど、誰の魂も虹のスペクトルのように七つの波長の違う魂に分かれることができる。忍者のように分身の術を使うのだ。赤・オレンジ・黄色・緑・水色・青・紫の服をまとった魂がいて、赤は幼稚園担当、オレンジは小学校担当、水色は中学校担当てなぐあいに、それぞれの担当領域に分身するんだけど、おおもとはもちろんひとつだ。
 

 わたしの身に起きたことは、例えていうならミッション1が終わったので、それまで担当していた幼稚園担当の魂から小学校担当の魂にバトンタッチしたのだ。幼稚園担当の魂に変わってやってきた小学校担当の魂にとってはそれまで仲間や先生と快適な環境で楽しくやっていたのに、いきなり仲間から切り離されて未開の土地に単身赴任させられたようなものだと考えると分かりやすい。
 

 楽園からやってきた小学校担当の魂はわたしの身体に適応するのは2週間の時間が必要だった。その間、人間のわたしにとっては孤独と絶望と身体がスカスカという体感を味わうはめになったわけだ。
 

 魂が出ていってしまったわけじゃなくて、ずっとそばにいたのだ。ただ気づかなかっただけだ。上昇する魂にとっては喜びであっても、俗世に下降するする魂にはとっては切り離される孤独と絶望。でも両者はひとつだ。

 
 満月のまばゆい光を浴びて、わたしの中で深い喜びと世界と繋がっている安心感、そして以前とは比べものにならないパワフルな力が甦った。身体はもうスカスカではなく、充実感に満ちている。

 
 その体験があってから自分の中の感覚が少し変わった。とくにその体験以降1年ぐらいはときどきあのスカスカになる前の自分と満月以後の自分が同じ人間ではないように感じる時があった。それも徐々に減っていき、55歳のいまではあの体験以前の自分の感覚が思い出しにくい。
 

 ずいぶん長く昔話を語ってしまった。これは42歳のときの今生の人生の1回目の生まれ変わりの話だ。わたしの個人の人生では2回目の生まれ変わりは来年か再来年か、そろそろ起きそうな予感がする。
 

 わたしの経験はちょっと不思議で極端だけど、じつは誰でも生きているうちに1回か2回は生まれ変わり体験をするんじゃないだろうか。ひとつのミッションをやり終えた、納得したと心の底から感じられた時は次のミッションの助走期間が始まっている。とくに今の時代は今生の人生でいくつものステップに分かれた魂のミッションをもって生まれてきているひとが多いので、変化に富んだ人生を生きるひとが多いんじゃないかな。
 

 次のミッションが始まる前はひとによってはわたしのように気持ちが一気に落ちることもある。でもそれは心配しなくてだいじょうぶ。そんな自分を優しく扱ってあげてね。あなたの知らないところであなたの魂、あるいは本質はあなたの人生をちゃんと用意してくれているよ。
 

 ちょっと感じるのは、多くの人にとって夏は一気に突っ走って、秋の気配が漂う10月の満月の頃にはここ数年の人生の決算報告書がでているかもしれない。喜悲こもごも、それを淡々と受け取りつつ、すでに次の大きな流れが始まっている。
 

 この流れは今後数十年におよぶ社会的な大きな変化と呼応するように動くので自分自身の直観を大切に。
 腹を据えてね。

 
 え? 腹を据える自信がない?
 そういうときは、まずはゆっくり10回呼吸してみて。
 それでもだめなら、そのときは力になるよ。
 

2017年8月7日
 

【ブログ内参考記事】
2回目の生まれ変わり ①
2回目の生まれ変わり  ②

2回目の生まれ変わり ①

 生まれ変わりという言葉を聞いて、あなたはどんなイメージを持つだろう?
 じつはわたしは生まれ変わったと思ったことがある。誤解のないように書いておくけど、それはいわゆる前世とか過去世といったたぐいのものではなくて、今生の人生においての話だ。
 

 あれはたしかいまから13年ぐらい前のことだったかな。話を当時までさかのぼると、2002年からシャーマンとして活動を始めて2年の間にいろんなことがあって、やっと自分に無条件に100パーセントOKをだせたのが13年前の42歳のときだった。
 

 100パーセントOKてどんな感じかというと、「弱い自分でもいい」「無力な自分でもいい」「ダメな自分でもいい」「無条件で、どんな自分でもここに存在していていい」というあたりまえといえば当たり前なんだけど、若い頃のわたしはこの感覚が持てなくて、必死で結果を出そうとしたり、何者かになろうとしていたんだよね。
 

 無条件で自分に100%OKを出す心境に至るまでに特別なワークをやったわけではなかった。日常の子育てや雑事をこなしつつ、導かれるようにシャーマンの仕事で家を空けて旅に出るという暮らしの中で、自分の心の揺れを受け入れる作業を地道にしていただけだ。
 

 なにかに集中すると後先顧みずに突き進む生まれついての業と愛情との葛藤や孤独や無力感といった感情をただただ受け入れていった。そしてあるとき突然、胸の奥から自分という存在に対する深い愛情がこみあげてきたんだよね。
 

 ああ。。。わたしはずっと愛されていたと思った。
 

 誰に?
 この世界に。
 この宇宙に。
 無力でもいい。
 無条件に存在を許され、受け入れられ、大切にされていた。
 

 これは13年前のわたしにとっては世界が変わるほど大きなことだった。生まれてきた意味や目的があるとしたら、わたしにとっての人生の目的は仕事で結果を出すことでもなければ、何事かを成し遂げることでもない、この無条件に存在を肯定される感覚を体感するということに尽きる。だからこのとき、42歳にして人生の目的を遂げちゃったんだよね。

 
 ただ空気を吸っているだけで静かな喜びに包まれる。当たり前の日常が穏やかな喜びとともにある。心境がかわっただけでシャーマンとしての力は飛躍的に上がった。無力だからこそ、ちっぽけな自分だからこそ、大いなる力の掌の上に在って、すべてをゆだね、受け入れるというスタンスが取れるようになったからだ。 だって無力だもん。
 
 
 で、そんな状態で半年くらいたった頃だったかな。
 ある晩、祈っていると唐突に気づいた。
 魂が肉体から抜けようとしている! というか、魂はふ卵器の役割を果たしていた肉体を必要としなくなっていて、もっと自由に働くために肉体を抜け出るので顕在意識の「わたし」に覚悟を促しているんだよね。「わたし」が同意すれば、その瞬間魂は身体から抜けるだろう。
 

 当時のわたしにはそれもまたありなのかという気持ちと子どもたちを悲しませたくないという気持ちとが同居していた。そうした人間的な「わたし」を静かに観ている「私」がいる。
 

 子どもの頃、大病を患い、つねに死を意識して生きてきたわたしにとって、死はとても身近な友だった。いつそれが訪れてもいいように生きてきたせいもある。結局わたしは魂の決断を受け入れた。
 
 
「御心のままに」
 

 次の瞬間、どすんと身体が重くなって、わたしはその場に崩れ落ちた。
 数時間後、目を覚ました。
 まだ朝になっていない。
 どうやら死んではいない。
 生きている。
 

 わたしは身体を起こそうとして、のろのろと畳に手をついた。その瞬間、ぎょっとした。身体がスカスカなのだ。もちろん見た目はそれまでと変わらない。ところが感覚としてはまるで全身の肉が乾いたスポンジのようになっていて、重さも半分になってしまったような感じとでもいったらいいのか。
 

 そして次の瞬間、耐え難い絶望と孤独が襲ってきた。

 

②につづく

 
2017年8月5日
 

【ブログ内参考記事】
2回目の生まれ変わり ①
2回目の生まれ変わり  ②