天皇陛下と幻想の力
え? これって・・・・・・。
それはとんでもない音だった。
皇居内の古い建物の中央には雅楽のための舞台があり、それを囲むように白い砂利が敷き詰められている。三月半ばとはいえ、砂利の上にきれいに並べられた小ぶりの木の椅子は座っているだけでしんしんと冷えがあがってくる。その日はご縁があって、わたしは友人とともに「天皇陛下御即位30年記念 春季雅楽特別演奏会」の会場にいた。
ところが一曲目の「平調音取」が始まった瞬間、会場の温度があがったのだ。
まるで舞台から温風ファンヒーターの風が送られてくる感覚に近い。
雅楽は10世紀(平安時代中期)に完成された日本最古の古典音楽だ。宮内庁のパンフレットによると、雅楽はおもに宮廷や有力寺社などで行われてきたけど、現在では宮内庁楽部が伝承するものが日本の雅楽の基準になっていて、宮内庁式部職楽部が演奏する雅楽は国の重要文化財に指定されてる。
一曲目が終わった直後、入り口の扉がひらき、宮内庁職員が集まってきた。ほどなくどよめきが起こり、会場内に驚きとかすかな緊張がひろがった。
天皇陛下がこの日の演奏を聴きにいらっしゃったのだ。
まさにサプライズ。
人々が起立した。
天皇陛下は皇后陛下とともに二階の特別席に上がってゆく。その後ろから皇太子殿下、秋篠宮といった皇族方が続く。やがて二階席につくと、天皇陛下がにこやかに手を振っておられる。その瞬間、場の空気が変わった。喜び、感動といった人々の気持ちが一気にあふれでてきて会場を満たしたのだ。
天皇陛下がご着席なさると、二曲目の「伊勢海」の奏上が始まった。
え?
音が違う。さっきも会場の温度があがったけれど、今度はもっと深い喜びとともに、古代の伊勢の海にタイムスリップしたかのような情景がつたわってきた。音に楽士たちの魂が込められているとしか言いようがない。技術や才能を超えた何かがそこに介在していた。だからこそ音の次元が変わったのだ。
なにが彼らにそこまでの力を与えたのだろう?
会場の人々の心から感動と喜びがあふれたのはなぜだろう?
そのこたえは天皇陛下の存在そのものだ。
正確にいうと、天皇という存在が持つ歴史とそこで織りなされる物語性だ。神話と言い換えてもいい。
人間は常に物語を必要とする生きものだ。
個人の人生の物語はわたしたちに根本的なところで生きる意味を与えてくれる。
けれど人生は短く、私たちに与えられた時間はせいぜい100年かそこらだ。無限の時間を持つ宇宙の営みからすればほんの一瞬の瞬きに過ぎない。人間とは自分が「自分」として生きる時間を消費したあとは消えてしまう存在。けれど人間はその現実を受け止めるにはもろすぎる。
だからこそ私たちは繋がりを求め、個を越えたもっと大きな物語の一部であることを感じたいのだ。欧米をはじめとした世界中の宗教はその救済装置の意味合いが強い。ところが日本には欧米のような救済装置としての宗教は根付きづらい。原始宗教的な自然や祖先・血縁とともに生きることで、大きな物語の中にいる繋がりと存在意義を見出していた時代が長く続いてきたからだろう。
そんな日本人が変わり始めたのはいつ頃からだろう。
ひととひととのつながりは薄れ、よくも悪くも社会全体を包み込む物語を共有できなくなり、個人が自分の物語を探し始めたものの、それだけでは孤独が癒えない時代。そんな時代だからこそ、天皇の持つ神話的な物語がわたしたちに力を与えるのだろう。そこに繋がることで、誰もが日本人という大きなタペストリーの中の小さな模様を担っている存在として自分を認識できるからだ。
もしも天皇という存在に力があるのだとしたら、二千年以上におよぶ物語こそが私たちに感動と存在意義を与えるからだろう。
すくなくともあの場にいた人々は意識していないかもしれないけれど、その物語を感じ取っていたはずだ。それは楽士たちに力を与え、縦糸と横糸が織りなす宇宙の深いとこから音を拾ってくる勇気を与えたのだろう。
わたしは長いこと天皇という存在は役割だと思っていた。けれどその役割はわたしが思っているよりもはるかに強く日本人の心に影響を与えていたのだと知った。
もちろん天皇陛下も同じ人間だ。けれど同時に集団で共有できる歴史と物語をまとった存在でもある。その意味では天皇を天皇としてあらしめている力は共同幻想そのものだ。その共同幻想を創る力こそが人類のもつ可能性にほかならない。
ここ数年は大きな時代の変わり目だけど、時空を越えた物語を生み出し、それを生きる力に変えてゆくことのできる想像力こそが新しい時代を生み出すカギになるのかもしれない。
2019年3月19日
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Comment
約10年程前、私の地元のとある場所に天皇皇后両陛下がいらっしゃいました。
たまたま、私の住んでいたマンションの前の道路を車で通るということだったので、マンションの3階の部屋から両陛下の車が通るのを待っていました。
すると、離れた場所で歓声があがっていたので、もうすぐだと思っていたら、同じような車が何台も通り、「これじゃ、両陛下が乗ってる車は分からないなぁ」と諦めてました。
そしたら、1台の車の中で白く優しく輝く手が見えたんです。
その瞬間、美智子様だ!!とハッキリ分かりました。
美しく優しい光を放った「神様?」と思ってしまう程の輝く手でした。
神様を見たことはないけれど、神様ってこんな感じなのかなと本気で思う程。
後で知人に確認したら、服の色と座席の位置で、やはり美智子様ということでした。
あんなに感動するほどの手を見たのは初めてです。
伝説が目の前で証明された感覚でした。
美雨さん
そんなことがあったのですね。
とても素敵な体験をされましたね。
先日も皇后陛下が天皇陛下のお身体を気遣われているのをまじかで見ましたが、とても深い慈しみの思いが伝わってきて場を柔らかく包んでいました。
そのとき、ああ・・・美しいなと素直に感銘を受けました。