神示」カテゴリーアーカイブ

2017年 神示

 明けましておめでとうございます。
 今年もどうぞよろしくお願い致します。

 さっそくですが、2017年の神示のお届けです。今年はちょっと思うところがあって、1月2日に糸魚川市の奴奈川姫神社に行って、そこで神示を降ろしました。

2017年空

2017/ 1/ 2 15:25


 

 糸魚川といえば年末に大火に見舞われて、140軒もの家屋が燃えるという大変な被害がでたことは記憶に新しいと思います。糸魚川は世界最古の翡翠文明の発祥地であり、国内の古代遺跡から発掘される翡翠の勾玉の主要産地でもありました。
 

 その翡翠文化の中心的な存在が奴奈川姫と呼ばれた女王であり、彼女の別名は神功皇后。まさに古代史のカギを握る重要人物でもあったんです。ところが古代王権にはかかせなかった翡翠文化は蘇我氏の滅亡と共に忽然と歴史の表舞台から姿を消します。
 

 さらに糸魚川は東日本と西日本を分かつフォッサマグナの西端にあたる糸魚川静岡構造線の起点でもあります。糸魚川市内を流れる姫川に沿って構造線が走り、露出した北米プレート(東日本)とユーラシアプレート(西日本)を見ることもできます。

 地殻的に日本の要のポイントであり、古代史のカギを握る重要な地域である糸魚川が冬至の翌日に大火に見舞われたということが重要な意味を持つと感じました。

 過去に何度かブログ記事にも書いているのでご存知の方も多いと思いますが、わたし自身は個人的に糸魚川とご縁があるため何度も訪れた町でもあります。それだけに大火後の町に行って祈りたい気持ちもあっての参拝でした。
 

 というわけで、お待たせいたしました。
 2017年神示のお届けです。
 
続きを読む

2016年神示

明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

あっという間に2016年の年が明けましたね。 ここ3年ばかり、年末年始はフェルデンクライスティーチャーコースに通っているのですが、期間中は元旦、二日とお休みですが、それがあければ通常通りのコースが始まります。なんだか慌ただしいというか(笑)。ま、そのおかげで年末年始の片づけやおせち作りはすべてパスさせてもらっています。それはそれでラクチンかも。

 

というわけで、お待たせしました。

2016年神示です。

 

続きを読む

2015年神示

明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。
 

 さて恒例のシャーマンの戯言、『2015年神示』のお届けです。
シャーマンの仕事始めは、前年の冬至の日出と暦上の年が変わった深夜の神事です。ここで裏神事を執り行った後に、神示を降ろします。これは一瞬の直感智です。それを言語化してみなさまのお届けするわけです。

 

というわけで、2015年の神示はこれ。

続きを読む

無常

 11月に入った。
 

 先月はあちこち旅に出ることが多くて、気が付いたら今年もあと2か月になっている。
 12年前から本格的に動き始めた大きな流れは大小さまざまなカーブを切りながらも着実に私たちを見守り、育んでくれている。震災があったり、幾多の困難はあるけれど、そのたびにそれ以上の大きな愛と希望でわたしたちに道を指し示してくれる。
 

 たとえばレイラインひとつとっともそうなんだよね。
 夏至ー冬至ライン、春分ライン。
 太陽の道は自然現象の一つに過ぎないけれど、そうした自然現象に守られ、ときには翻弄されているのがわたしたち人間だ。
 

 さまざまな出来事はどこから来るんだろう?
 すべてが繋がっていて、ひとつとして無駄なことはない。
 
 
 まさに風が吹けば桶屋がもうかる。
 もしくはバタフライ効果。
 ちいさな蝶のかすかな羽ばたきがやがて草木をなぎ倒す台風の風になる。
 マウイ島の海はサーフィンのメッカだけど、その青い波は遠いアリューシァン列島からやってくる。
 仏教ではこれを縁と呼ぶ。
 すべてはつながり、宇宙は成長し続ける。
 
 
 社会も国も人間が作る。
 正確にはまずわたしたちひとりひとりの思いがあって、それをもとに行動することよってわたしたちは物事を現実化し、身の回りの状況や社会や国を創る。
 思いが変われば、社会や国の在り方もまた変わってくる。
 

 変わらないものなどない。
 立ち向かえない現実や変えられない現実なんかない。
 宇宙という大きな力が後押ししてくれているのだから。
 あなたはどこから来て、どこに行きたいのだろう?
 大きな転換期だからこそ、ときにはそんなことを考えてみてもいいのかもしれない。
 
 
 さあ、風にのれ。

吉祥

 虹は吉祥。
 時代はそれぞれの魂が望む現実を作り出す方向へ移行しつつある。
 
 
 もちろん天変地異や政局や国際情勢などさまざまな変化はあるし、さらなる激動へと加速するだろう。
 
 
 その中にいてさえ、幸せを感じて生きるひとと、納得できないままわが身の不幸を嘆くひととにくっきりと分かれる。
 この二極化の波は止まらない。
 それもそれぞれの選択だろう。
 他人がいらぬおせっかいをしたところで、どうなるものでもない。
 

 虹は吉祥なのだ。
 本当に心から望むなら願いは叶う。
 大事なことは何を願うかだ。