短編小説」カテゴリーアーカイブ

鎮魂に寄せて

 68年前の8月6日と9日、広島・長崎に原爆が落ちて、日本は戦争に負けた。
 あのときからこの国の長い戦後が始まった。
 どれだけの月日が流れたのだろう?
 目に見える戦争は終わった。
 けれど原発・TPPなどに形を変えて、静かな戦争は続いている。こうした見えない戦争を許しているのは、いまなお私たちが親や祖父母の世代が負った心の傷を引き継いだまま、それを癒せないでいるからだ。
 まずは自分自身を癒してあげられたらいいよね。
 それは、いまなお彷徨う戦争の犠牲者たちへの鎮魂でもある。
 なぜならあなたの痛みはわたしの痛み、すべては繋がっているのだから。
 喜びも悲しみも、ともに在れ。
  というわけで、短編コラムのお届けです。
     ☆    ☆    ☆
「1986 夏」
「まるで気の抜けたコーラみたいなんだよな・・・」
 峠道の中腹にある見物コーナーの駐車場の前を耳をつんざくような爆音を響かせて数台のバイクが駆け抜けてゆく。アスファルトの照り返しとオイルとガソリンの入り混じった匂いで、あたりはむせかえるような熱気だ。
 
 少年はそのようすをぼんやりと眺めながらぽつんとつぶやいた。
 
 今からもう二十年近く前になるかな。まだバブルが全盛だった頃だった。
 当時二輪業界も空前のバイクブームに沸きかえり、巷にはフルカウルにバックステップ、最新のレーサーレプリカバイクがあふれ、休日になると郊外の峠道にはローリング族(峠族)と呼ばれるバイク少年たちが集まっていた。
 
 その頃わたしもロードレースに憧れるバイク乗りのひとりだった。休みになると、愛車のCBX250RSに乗って近くの峠によく走りに行った。
 峠にはいろんな連中がいた。レーサーに憧れている高校生や暴走族上がりの少年。ローンで買った最新のレーサーレプリカを得意げに乗り回している大学生。友人から安く譲ってもらった中古の50ccを大切に乗っている奴。
 
 速い奴がいちばんかっこいい。
 そのためなら一瞬の競り合いに命を賭けても惜しくない。
 
 バイク少年はもちろん、そんな命知らずの走り見たさにやってくるギャラリーも含めて、週末になると箱根や奥多摩、大垂水など有名な峠には100台以上のバイクが集まってくる。モータースポーツ関係の雑誌もそうした彼らの走りを煽りこそしたけど、ストップをかけることはなかった。誰もがお祭り騒ぎのような峠の熱気に酔っていた。
 もちろん、こんな無謀な連中ばかりじゃない。バイクフリークたちの名誉のために書くけど、マナーを守って走るライダーたちもたくさんいたんだよね。ただそれでも真っ当な一般ドライバーから見れば、公道でレースまがいのむちゃな走りをするんだから、迷惑きわまりない存在に見えたと思う。
 
 その日も数台のバイクが競り合いながら、だんご状になってコーナーに突っ込んでいった。そのなかの一台がスリップして転倒。ライダーは地べたに叩きつけられ、ヘルメットをこすりながらアスファルトの上を滑ってゆく。乗り手を失ったバイクの甲高いエンジンがあたりに響きわたる。
 一緒に走っていたライダーたちがあわてて周囲に集まってくる。
 
 即死だった。
 
 就職は売り手市場、日本人の多くがお祭り騒ぎの真ん中にいた。物質的には満ち足り日々のなかで、それほど努力をしなくても欲しいものは手に入った時代だった。けれどその一方で、水面下では着実に家庭崩壊や日本人の思考停止が進んでいったような気がする。そして祖母たちの時代まではかろうじて残っていた、自然とともに生きるという日本人の精神的なバックボーンさえもじょじょに失われつつあった。
 
 「おれたちはこの狭い日本で、あきらめて生きるしかねえんだよ」
 
 ある時、峠仲間の顔見知りの少年が吐き捨てるようにこう言った。
 なんの話をしていたのか、もう忘れてしまったけれど、そのときの声の響きはまだ覚えている。
 事故が起きたのは、そんな会話のあとだった。
 
 仲間うちでは一目置かれている彼の走りとその言葉は結びつかない。
 でもいまなら、彼がなぜそう言ったのかわかる。
 どんなに表面的にきらびやかに見えても、内面のともなわない豊かさは張りぼての虎なんだよね。彼はおぼろげながらも、自分の内側にある、目に見えないリミッターに気づいていたのだと思う。そしてそれは彼だけじゃなく、この国に生きている多くの人々にとっても同じように働いているんだよね。それはふだんは意識の奥深くに閉じ込められていて、めったに意識の表面に浮かび上がってこない。
 
 リミッター、すなわち日本人の限界。
 正確にいうと、わたしたち日本人の多くが自らの手で設定してしまった自分、あるいは日本という国の限界なんだよね。このリミッターの根っこは敗戦当時までさかのぼる。

 戦争に負けて、わたしたちの親や祖父の世代は、戦後の日本を立て直すために夢中で働いてきた。さまざまな矛盾を心の奥に無理やり押し込んで、戦中戦後の大きな価値転換に必死で順応しようとしてきた。その結果、日本は豊かになり、飢えて死ぬ人間はほとんどいなくなった。けれどアメリカに守られるのが当たり前の半人前の国家になってしまった。いま日米安保を含めたアメリカとの関係を対等な状態にもってゆくことができると本気で考えている日本人は何人いるんだろう?
 
 今の状況を必要悪というのかもしれない。
 自らの手で限界値を設定し、檻の中にさえいれば安全なんだという安易な意識がわたしたち日本人から奪ったものは、人間としての誇り、そして自らの力で生きる意志なのだと思う。
 この代償は大きい。
 
 周りがなんと言おうと自分自身でいられる強さや、何も持たなくてもただ生きているだけで感じることのできる充足感は、内側からくる自立した感覚なしには感じることは難しい。自分の力で人生に立ち向かう意志をもてば、苦しいこともあるけれど、公私にわたってあらゆる困難を乗り越えるアイデアを生み出す創造力は着実に育つ。
 この意志を自分の中に育てることができないと、意識・無意識にかかわらず、鬱積した思いや無価値感、空虚感が消えることはない。それを埋めるために、買い物、恋愛、仕事、お金、名誉、権力、アルコールなど、ひとはさまざまなものに依存する。バブルの狂乱はその典型だった。
 
 そしてもうひとつ。
 古い時代の日本人の内面の豊かさを根底から支えてきたのがアニミズム的な自然とのつながりだった。アニミズムというのは、森や川など、すべてのものに霊魂が宿るとする考え方だ。キリスト教や仏教などのような組織的な宗教に対して、アニミズムは原始宗教とも呼ばれる。これは人類がひととしての意識を持つようになった頃、洋の東西を問わず世界中に自然に発生していたというから人類共通の古い考え方なんだろう。キリスト教が勢力をもつようになると、欧米ではアニミズムは急速に失われてしまったけど、日本ではつい最近まで日常生活の随所にこうした感性が残っていたんだよね。
 
 地方によって違うけど、田舎のトイレに入ると、隅っこに一升瓶が置いてあるのを見かけたことがない? あれはトイレの神様にお酒をお供えしているんだよね。もちろん特別何かの宗教を信仰しているとかではなく、日常生活のなかで祖父の代から自然に受け継がれてきた習慣なんだよね。トイレに限らず、台所の神様、お箸の神様ってな具合に、古い世代の日本人は、自分たちを取り巻くあらゆるものに魂が宿ると考えて、心をこめて接してきたよね。自然やさまざまなものとの繋がりの中で生きるという心性は、ものを大切にする心、丁寧に心をこめてモノを作るという国民性につながっていった。
 
 すべてのものに魂が宿るなら、キリスト教の神もアラーの神も釈迦もトイレの神様も近所の森の神様も、みんな同じ仲間なんだから仲良くやりましょうという感覚なんだよね。外から入ってきたものを受け入れて自分流に消化してしまうこの柔軟さが、近代技術を積極的に取り入れても自国の文化を失わなかった大きな要因だったんだと思う。
 
 けれど今、そうした自然とのつながりの中で生きる文化も、当事者として自らの力で生きようとする意志も失われつつある。それは戦中世代のトラウマを現代に生きるわたしたちがそっくり引き継いでいるからなんだよね。
 これがリミッターの正体。
 このトラウマはそうと意識できないように姿をかえて、あたりまえの日常の中に溶け込んでいる。けれど平穏な日常に亀裂が入った瞬間、ふいにわたしたちの前に虚無感や根拠のない無価値感といった形で姿をあらわす。

 
 仲間が亡くなったあとも、あいかわらず峠にはバイク乗りたちが集まっていた。あっけないほど簡単に訪れた死という現実に衝撃は受けたけど、それでもアクセルを緩めることはなかった。多くのバイク少年たちにとって、亡くなった仲間は特別親しい友人というわけではなく、ただの顔見知りだったからだろう。けれど気がつくと、ぼんやりと仲間の走りを眺めている少年の姿がぽつりぽつりと目に付くようになった。
 
 峠に集まってきたバイク少年たちの多くは、瞬間のスリルに身をまかせ、ただひたすら走り続けることで胸の奥にある虚しさや無力感から逃げきれると思っていたのだ。
 だけどあの日、強烈な日差しの中でまるでスローモーションビデオでも見るように、アスファルトを転がっていった少年の姿を見た瞬間、何人かのバイク少年たちは気づいてしまった。どんなに走っても埋めることができないほど、自分たちは傷ついていたのだということに。
 
 けれど気づいたのなら希望がある。
 自分の中の空虚な感覚と真正面から向き合うことができたなら、おそらく目の前の薄っぺらな豊かさにしがみつくような選択はしないだろう。トラウマに根ざした根拠のない限界なんて、その本質に気づきさえすれば簡単にはずすことができるんだよね。

 
「まるで気の抜けたコーラみたいなんだよな・・・」
 そうつぶやいた少年はいつのまにか峠に来なくなった。
 その後、彼がどうしているのかわからない。
 
 月日は流れ、あの日から十数回めの夏がくる。
 うだるような熱気の中で、ふと見上げた空はどこまでも青かった。
8
文責・キョーコ

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サハラ・レクイエム 5

 お待たせしました。
 五夜連続小説完結編です。よけいな前置きはなしでいきましょう。
 『サハラ・レクイエム 5 』  
 5 正体
 ざくざく
 ざくざく
 無数の砂を踏む足音が、乾いた空気にのってつたわってくる。
(な……)
 声がでなかった。喉がひきつり、心臓の動悸が激しくなった。
 あいつらは、生きている人間を見たら、どう反応するんだろう?
 そう思ったとたん、高杉は悲鳴を上げて、その場から逃げ出したい衝動に駆られた。だが痺れて力を失った足はぴくりとも動かない。
 高杉は理性を失いつつある頭で、必死に考えた。奴らは無害のはずだ。すくなくとも、その場では生きている人間を殺さない。だからこそ目撃者は生き延び、この噂がひろがっていったのだ。その考えはかなり高杉に冷静さを取り戻させた。だが、もし奴らと目が合ってしまったら……?
 すでに、かれらはすぐそこまで来ていた。だがこの広い砂漠のど真ん中には逃げ出す場所などどこにもない。無意味に時が過ぎてゆく。いつのまにか、急速に冷え始めた足もとの砂から、ゆるゆるとまとわりつくような冷気が這い上がってくる。
 高杉は腹をくくった。状況がわからず妄想だけがふくらんでゆくよりは、目の前で何が起ころうとはっきりと自分の目で確かめるほうが、はるかに楽だ。
 キャラバンの先頭の白いターバンを頭に巻いたアラブ人が足を引きずるようにゆっくりと近づいてくる。歩くたびに赤茶けた砂が舞い上がり、血のこびりついた、ぼろきれのような白い貫頭衣から痩せた足が見えた。高杉は身じろぎもせずに男を見つめた。首筋の毛が逆立ち、冷たい汗が背中を流れる。それでも高杉は男から目を離すことができなかった。
 すでに高杉と男の距離は三メートルも離れていない。男の息遣いがはっきりと聞こえてくる。乾いた血と死肉のもつ強烈な匂いが鼻先をかすめた。それは戦場で何度も嗅いだことのある匂いにかぎりなく近い。
(こんな……馬鹿なことが……)
 ふいに男はゆっくりと顔を上げた。高杉は喉の奥でひきつった声をあげた。男の虚ろな瞳が高杉をとらえた。

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サハラ・レクイエム 4

 二十歳の頃、アジアハイウェイに憧れた。
 非売品のブリジストンの地図を手にいれ、重たい荷物を背負って長時間ダートを走る体力をつけるために、休みになると10キロの砂袋をザックにつめては愛車のSX50でひたすら林道を走った。健康上の理由から憧れに手が届かないまま断念したけど、いまではそれもいい思い出。
 そういえば最近は山に登るトレーニングのために分厚い本を詰めこんだザックを背負ってマンションの階段を8階まで往復するのが趣味になっている(笑)。ん? バイクが登山に変わっただけで、やっていることは昔とたいして変わらないって? 人間の根本はそう変わるもんじゃないのかもね。
 というわけで『サハラ・レクイエム』第四弾のお届けです。
 『サハラ・レクイエム 4』
 4 砂漠に棲むモノ
 翌日、高杉は日の出とともにシンゲッティをあとにした。早朝の水気を含んで硬く締まった砂は走りやすい。高杉はアクセルを全開にして飛ばした。このあたりはサハラ特有のローズサンドとよばれる粒子の細かい砂におおわれた完全な砂漠地帯だ。まるで映画に出てくる砂漠さながらの、ゆるやかなスロープを描く砂丘が見渡すかぎり、どこまでも続く。
 山崎の話によれば、死んだ中田はここから百キロほど東に走ったあたりで亡者たちのキャラバンを見たという。高杉はとりあえずそのあたりに行ってみるつもりだった。
 シンゲッティの東百キロという話を聞いたときから、高杉はかすかな予感めいたものを感じていた。そして、それは砂に埋もれたシンゲッティの街を見たとき確信に変わった。理由はわからないが、とも子は、いやとも子の魂はこの広大なサハラのどこかにいる。だが何のために? 高杉にはわからなかった。
(とも子……おまえ、何やってるんだよ?)
 日が高くなるにつれて気温がぐんぐん上昇してきた。同時に砂が乾きはじめ、赤茶色の粉砂糖のような軟弱な砂はバイクの行く手を阻みはじめた。ラフなアクセルワークは即転倒をまねく。高杉はなるべくアクセルを開け閉めしないように気をつけながら、できるかぎり砂の硬そうな場所を選んで走った。
 どこまでも続く赤茶色の砂は強烈な日差しを浴びると、立体感がまるでわからなくなる。平坦な砂のつもりで走っていると、突然目の前に一メートルもあるギャップが現れることなどざらだった。それでなくとも長いことオフロードランとは無縁の生活をしていた高杉はスピードを落として慎重に走った。
 それでも走れるうちはまだよかった。深い砂だまりにはまったとたん、SXは走行不能に陥った。
「くそぉ……!」
 アクセルを吹かせば吹かすほど、タイヤは砂を掘ってずぶずぶと埋まってゆく。灼熱の砂漠に爆音が響きわたり、無意味に吐き出されるオイルの混じった排気ガスの匂いがあたりにたちこめた。
 高杉はしかたなくバイクを降りると、タンデムシートに積んだシュラフやリュックサックを全部下ろしてバイクを押し始めた。ところがタイヤが半分まで埋まるほど深い砂の上では、生半可な押し方ではバイクはちっとも動かない。おまけにあたり一帯はいくつもの砂丘がうねるように続き、ゆるやかな上り坂になっている。
 高杉は渾身の力を込めてバイクを押した。とたんに全身からどっと汗が噴きだした。喉がからからに渇き、心臓が悲鳴をあげる。バイクは遅々として進まない。十メートル押しては荷物を取りに元いた場所に走って戻り、バイクのところまで荷物を持ってくると、ふたたびバイクを押す。その繰り返しだ。あまりの暑さに吐き気がこみ上げた。ひたいからは滝のような汗が流れ、バイザーが曇って前が見えなくなった。

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サハラ・レクイエム 3

 今日は京都の五山の送り火だね。黒龍のビジョンをみたときに見えたのも赤々と燃える『大』の文字だった。
 大の文字のルーツを調べていたら、「観光・京都おもしろ宣言」というサイトにこんなことが書いてあった。東山区の六波羅蜜寺の萬燈会では本殿の前に大の字型の棚を置き、灯のついた小皿を乗せる。このとき大は自然界にある、風・水・火・土・空の五大元素を意味し、自然への畏敬と祖先を思う気持ちの象徴なのだという。
 サハラもかつては多くの人々が住み、緑の豊かな土地だった。人々は何を思い、何をよりどころに生きていたのだろう? かれらもまた人を愛し、遠い祖先に思い馳せたのだろうか。サハラの砂は黙して語らず、乾いた風だけがとおりすぎてゆく。
 というわけで『サハラ・レクイエム』第三弾のお届けです。
 
 『サハラ・レクイエム 3 』
 3 シンゲッティ
 濃紺色の東の空に青白い星がまたたいている。
 高杉は西サハラの国境の街ダクラに隣接するキャンプ場にいた。夕闇の迫ったキャンプ場には、あちこちから肉や野菜を煮込むうまそうな匂いや、強烈な香辛料の香りが漂ってくる。頭にターバンを巻いた陽気なモロッコ人が、国境を抜けると砂漠地帯になるから絶対ガイドが必要になる。だからおれを雇えと、夕飯の骨付き肉をほおばっているイギリス人むかって、早口のフランス語でまくしたてている。そうかと思うと、ハロゲンライトの明かりを頼りに車の下にもぐりこんで、修理に専念しているドライバーもいる。
 ここダクラのキャンプ場はサハラを旅する人間にとっては、水や食料などの補給基地であると同時に、重要な情報収集の場でもあった。今にも壊れそうなおんぼろシトロエンにサーフボードを積んだ陽気なフランス人の二人組。厳重な警戒をものともしない商人や一癖もふた癖もありそうな運び屋の男たち。あるいは西アフリカの国々に中古車を売りに行くドイツ人。そしてまた、国境を越えるために同乗させてくれる車を探すヒッチハイカーたちもいる。
 ――ハルマッタンとともに、亡者たちのキャラバンがやってくる。
 昨年の暮れにその話を聞いてからすでに四ヶ月がたつ。高杉の決断は早かった。二十代の時にサハラを走って以来、ずっとシートをかぶせたままになっていたSXを引っ張り出し、カルネだのパスポートだのの手続きをしつつ、たまった仕事を片っ端から片付けているうちに、あっという間に四ヶ月が過ぎた。
 長年放置していたSXはあちこちガタがきているし、自分自身の体力も二十代の頃のようにはいかない。過酷なサハラのオフロードランに体がついていけるかどうか不安がないわけではなかったが、その噂が本当なのかどうか、実際にサハラに行って、自分の目で確かめてみたい気持ちのほうが強かった。
 高杉は出発間際に山崎に電話をかけた。例の、サハラの亡霊をその目で見たという中田という男に直接会って話が聞いてみたかったからだ。だが山崎から返ってきたのは予想外の答えだった。
「奴は、死んだよ」
 受話器のむこうで、山崎はうつろな声でそう言った。
 そんなわけで、高杉がSX200Rとともにダクラに着いたのは、四月も半ばを過ぎてからだった。すでに砂漠地帯は酷暑の季節をむかえていた。
 すっかり日の落ちたキャンプ場のまわりは漆黒の闇につつまれ、昼間の暑さがうそのようにひんやりとした空気がただよっている。サハラ越えをする旅行者の集まるキャンプはどこもそうだが、キャンプ全体がひとつの大きなファミリーという雰囲気がある。

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サハラ・レクイエム 2

 今日(日付が変わっているから昨日になるのかな)はお盆ということで、山梨のダンナの実家に行ってきた。
 山梨の夜は闇が濃い。お墓の灯篭に火をともしながら、空を見上げると無数の星がきらめいていた。 
 というわけで『サハラ・レクイエム』第二弾のお届けです。
『サハラ・レクイエム 2 』
 2 ミサンガの少女
  高杉が水瀬とも子と出会ったのは高二の夏休みだった。その頃の高杉は近隣の暴走族仲間とバイクを乗り回しては、敵対するグループとの抗争に明け暮れていた。
 その日は日曜日だった。
 いつものように深夜の国道を走りまわり、ようやく仲間と別れた頃には、すでに東の空が白みはじめていた。明け方の気の抜けた街を走りぬけ、近くを流れる相模川の土手にごろりと横になると急速に眠気が襲ってきた。朝露にぬれた夏草の青臭い匂いを鼻先に感じながら、高杉はいつのまにか眠り込んでしまった。
 それからどのぐらいたっただろう。ふと目を覚ますと、大きな瞳が、高杉の顔をじっと覗きこんでいた。高杉の顔に野生動物を思わせる鋭い表情が浮かんだが、次の瞬間、それは驚きに変わった。
 高杉は、わっと叫んで、起き上がった。
 目の前に、若い女がびっくりしたような顔をしてすわっていた。
 それが、とも子だった。
 本能的に彼女が敵でないということはすぐにわかったが、とっさのことで高杉は事態が飲み込めなかった。
 とも子のほうも高杉の反応は予想外だったらしく、草の上にすわりこんだまま、息をとめて高杉を見つめている。
 ふたりの視線が交差した。
 高杉はようやく口をひらいた。
「おまえ、誰だよ?」
 すぐ下の川原でサッカーボールを蹴飛ばす音に混じって、子供たちの明るい笑い声が聞こえてくる。
(ああ……そうか)
 ゆうべは敵対グループに喧嘩を売られて買ったところまではよかったが、そのあと警察に追いかけまわされて一晩中お祭り騒ぎだった。ようやく解放された頃にはすでに空が白みはじめていたが、疲れているはずなのに頭の中が妙に冴えてハイのままだった。高杉はまっすぐ家に帰る気になれず、気がついたら相模川の土手に来ていた。草むらにすわって、微妙に変わってゆく空の色や、それにともなってすこしずつ目覚めてゆく、対岸のごちゃごちゃした街のようすを眺めているうちに、知らぬ間に眠ってしまったらしい。

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