サイコシンセシス」カテゴリーアーカイブ

どう学ぶか?

 自分で探り、気づき、感じられる学習の仕方を身に着けることができれば、どんな分野にでも応用が可能。
 回り道に見えても自分という未知の世界を冒険することは想像以上に豊かな実りをもたらす。
 正解や知識は一時的な成功をもたらすこともあるけれど、本質的な力を育てる機会を奪ってしまう。
 だからイレギュラーな状況に対処できなくなるのだ。
 なぜなら叡智は魂の座からやってくるから。
 知識や正解は魂の叡智とは無縁の場所にあるのだ。
 魂に直結するのは、冒険という経験から学ぶプロセスそのものなのだ。
 知識を詰め込むことは多くの場合、体験の機会を奪う。
 赤ちゃんが体の使い方や言葉を覚えていくプロセスを思い出してほしい。かれらは誰かに知識や技術を教わるわけじゃない。試行錯誤を繰り返しながら、自分の体で体験して、さまざまなことを試しながら歩くということを学んでゆく。
 それは冒険そのもの。
 天才が発見と開発をするプロセスそのものなのだ。
 そして誰でも赤ちゃんだった時がある。
 教科書を捨てて、体験して自分で答えを発見する面白さを伝えることが教師の課題だ。
亀戸太陽150213

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人間の価値

 さて立春を過ぎて暦の上では春だけど、東京の冬はいまからがいちばん寒い。
 この時期、仕事とやプライベートなど、人生の正念場に立たされているひとも多いと思う。
 過去のやり方が通用しなくなって新しいやり方を学ぶ必要があるんだけど、ゆっくりそれを学んでいる時間はない。社会人の多くが否応なしに現場での実践の中で新しい方法を身に着けなければならない状況に置かれているかもしれない。
 たとえば会社員のAさん(50歳)。
 新しい部署でプロジェクトを任されたものの、その分野の知識もないし、これまでのやりかたではまった通用しない。仕事のやり方を変える必要に迫られているんだけど、時間をかけて物事を修得するタイプなので多忙な状況の中ではいくら時間があってもたりない。そんなある日大きなミスをしてしまい、上司からこっぴどく注意された。
 Aさんはひといちばい責任感が強く、地道な努力が得意で、負けず嫌い。そんな彼にとって、仕事ができないヤツと思われることは自分の存在意義を見失うぐらいつらい。昨今の不況も重なってリストラの不安も現実的になってきている。
 さてAさんの苦しさの根っこには、
 「会社からの期待に応えられない自分は能力がない」
      ↓
 「能力がなければ、戦力外通知を出されてリストラの対象になる」
      ↓
 「期待に応えられなくてリストラされる自分には価値がない」
 という思考パターンがあるんだよね。
 このような考え方をしていると、よけい萎縮して精神的にどんどん追い詰められていく。
 
 Aさんには専門外の部署に配属された時点で選択肢が二つあった。
 それは、
 自分の能力を生かせる仕事に転職する
 仕事を続ける。
 で、Aさんは仕事を続けるという選択をした。当然、50歳という年齢もあって悪戦苦闘する。長年続けてきた仕事のやり方を変えるのは一朝一夕ではできないからだ。
 生きてゆくうえでいろいろな出来事があるけど、実は物事には二つの側面がある。
 それは、
 ①表面の事象として見えている出来事
 ②その奥にあるもっと心の在りように直結する本質的な部分
 上記のふたつの側面が同時並行して動いているんだよね。
 人生には大きな転換期が数回あるけど、その時期に差し掛かると多くのひとがトラブルという形で物事に対する見方を変えることを促されたり、慣れ親しんだ考え方や行動パターンを捨てざるを得なくなる。
 なぜそうした変容を促されるのだろう?
 
 それは、より豊かで自由な精神を持つためだ。決してそれまでの方法が間違っていたわけではない。人間は変化成長する生き物なのだ。若い時は魂のありかすらわからなくても、ある程度年を経てゆくと、それぞれの魂は力を増し、より豊かな人生を創りだそうとして本質的な変容をわたしたちに迫る。
 Aさんの場合なら、
 ①表面の出来事 ⇒ 新しい部署で成果を出す
 ②奥の本質的な部分 ⇒ 「期待応えられなければ価値がない」という思考パターンの変容
 じゃAさんはどう考えたらこの状況を乗り越えて、より楽で喜びに満ちた人生をGetできるだろう?
 それはずばり、自分の存在価値を会社や周りの評価などという外部に置かないことだ。そして自分の存在価値を外部から自分自身の手に取り戻すのだ。
 わたしたちの人生はわたしたち自身のものだ。
 たとえ周囲が誰ひとりあなたを評価しなかったとしても、生きているってことはそれだけでこの宇宙に祝福されて存在価値を100パーセント認められているのだ。
 この宇宙はわたしたちを必要としているのだ。

 たかだか会社の上司?
 Aさんという魂を深く知りもしない人間にAさんの存在価値を測る力もなければ、左右する力もない。
 ミスをして周囲が責めているように感じるかもしれないけれど、人間が人間を裁ける資格など誰一人もってはいない。
 そしてね、人間は失敗する生き物なんだよ。
 他人に迷惑を描けない人間なんていない。
 誰もがおたがいに迷惑をかけあっているので帳尻はあっているからだいじょうぶ。 
 あなたが、現時点でそこに居ることを選択したことはきっと宇宙の意志でもある。
 失敗も迷惑を折り込み済みだ。
 だから精一杯、自分のために自分らしく生きればいい。
 それこそがあなたに課せられた最大のミッションだ。

情熱は遥かな未来へGO!

 気がつけば1月も中盤に差し掛かってきたね。
 昨年12月25日から始まったフェルデンクライス・セグメント8が11日でやっと終わった。
 今回はちょっと嬉しいことがあった。
 それはね、フェルデンクライスのAwareness Through Movement (略してATM)のレッスンをする許可書をもらったこと。フェルデンクライストレーニングコースは4年間なんだけど、2年目の終わりに試験があって、無事それに受かると上記の許可書をもらって、ATMのクラスを開くことができるんだよね。
 フェルデンクライスフォーカシングと似ている部分があって、いずれも自分の「いま」に意識を向けて、ありのままの自分を感じて、受けとめる。そして最終的には統合までもってゆくんだよね。この考え方というか、システムはサイコシンセシスとまったく同じ。フェルデンクライスの場合は、肉体という側面から統合に向かい、サイコシンセシスは精神や思考・感情・行動という側面から統合に向かう。
 そんなわけで、忙しかった年末年始のコースも終わり、やっとひと息。
 今年は思いがけない形で全力で集中して書きたいことができたので、2月14日から始まるサイコシンセシス入門講座土日集中クラスを最後に、しばらく私主催のサイコシンセシス講座とCEL講座はお休みです。CEL講座受講を考えている方はサイコシンセシス入門講座土日集中クラスがおすすめ。CELのエッセンスがぎゅっと濃縮されたサイコシンセシス入門クラスです。愛と魂の意志にしたがって生きる方法を進化し続けるキョーコの幸運体質エネルギーと一緒にお渡しするよ。これは残席1名様です。
 そうそう大好評の1/27愛されモテ女子になって望み通りの人生を生きる秘密のお話会の募集も始まったみたい。
 2015年はいろんなことが大きく変化してゆくね。
 うふふ。楽しんでいこうね!!
【2015年講座&ワークショップ】
■1月29日(木) 意識転換は水中で起きる! 真冬の体験ダイビング( in プール)募集開始しました!
■2月4日(水)  2/4立春&満月スペシャル☆2015年は願いを叶える!わくわく夢実現☆秘密のミラクルプログラム  残席2名様
■2月14、15、3月14,15,28,29 サイコシンセシス入門講座土日集中クラス 満員御礼
■2月21日(土) 祈りのワークショップ 満員御礼
 変幻自在、究極の自由としなやかな心を手に入れてみたくない? サイコシンセシス入門講座は満員御礼となりました。ありがとうございます。
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君のために祈るよ

 ずいぶん昔、自分には価値がないと思い込んでいた時期がある。
 親やまわりのおとなたちが理不尽な言動をしたときも、
 仕事で背後から弾が飛んでくるという想像を絶するトラブルが勃発したときも、
 客観的にみて、相手のほうが数倍悪いという状況でも、
 長いことわたしは「わたしには能力がない。だからわたしはあのひとたちと仲間でいる価値がない」と思い込んでいた。「悪いのは私。自分には価値がない。」と思うことで、心の奥にある最後の砦をずっと守り続けてきたんだよね。
 

 最後の砦。
 それは、この世界に対する根本的な信頼感だ。
 

 幼いこどもにとっては世界とは身の回りがすべてだ。おとなたちに理不尽な仕打ちを受けると、こどもはこの世界は恐怖と不安に満ちているのだと認識してしまう。まだ自分で自分の身を守ることができない幼いこどもにとって、この世界の実態が愛や優しさではなく、悪意や暴力なのだと認識することは耐え難い苦痛なんだよね。
 

 それよりも、
「自分に価値がないからこんな仕打ちを受けるのだ。いつか自分も価値のある存在になれば、まわりも優しくしてくれるに違いない。この世界には価値がある。この世界は愛とやさしさに満ちているはずだ。ただ価値のない自分にはまだ受け取る資格がないだけだ」
 

 こんなふうに自分を悪者にしても、この世界は生きるに値すると認識するほうがずっと楽なのだ。
 ひとは真の絶望を抱えて生きることはできない。
 幼いわたしもそう思い込んだんだよね。
 だから成人してからも長いこと、根底にある無価値観に悩まされてきた。
 

 そんな自分の気持ちを眺めては受けとめるという作業をするようになってからずいぶん経ったある日のこと。胸の奥で鈍く疼く感覚を感じつつ、その感覚に優しく訊いてみた。
 

 ーーー自分には価値がないと思うことで、どんないいことがある? 何を守ろうとしてきたの?
 
 「信じること。この世界は信じるに値する。人間を信じていいんだ、という気持ち。自分の中のこの世界に対する根本的な信頼感を守りたかった」
 
 ---じゃ、その気持ちを十分に味わって。・・・どんな感じ?
 
 「安心。。。ほっとする」
 
 ーーーじゃ、その気持ちを十分に味わって。・・・どう?
 

 首、そして肋骨がぐぐ・・・・っと動く。筋肉がゆるみ始めている証拠だ。背中と丹田があたたかくなる。
 気づいたら気持ちが楽になって、筋肉や骨格も変化していた。
 

 あれからもうずいぶん経つ。
 いまはもう子どもの頃に抱えていた無価値感はない。もちろん人間の心は玉ねぎみたいなものだから、次のジャンプの時期がきたらさらに深いところのコード化された古い感情が浮き上がり、さらに深い部分を観ることになるだろう。でもいまはじゅうぶんに幸せだ。
 

 そして思うんだよね。 
 自分の中の幼いこども(サイコシンセシスではサブパーソナリティーと呼ぶ)はなんて健気で、一生懸命なんだろう。自分が悪者になってまでも、「わたし」を守りたかったんだよね。「わたし」が生きるこの世界は残酷で恐ろしいものではなく、発展途上ではあるけれど、それでも本質的に愛とやさしさに満ちた世界であるという世界観を守りたかったんだよね。
 

 そんな自分の中の幼いこどもに守られて、私は絶望することなく、ここまで生きてくることができた。
 あらためて私の中の幼い「君」に感謝。
 

 「君」のために時間を超えて祈り続けるよ。
 ・・・・ずっと。ずっとね。
 
 
2014年12月5日

風を読む

 理屈じゃ読めない風が吹いている。
 計画もある程度は必要かもしれないけど、そこに固執しているととタイミングを逃す。
 そんな時代だ。
 会社の運営方針ひとつとっても時代時代で流行がある。
 ちょっと前までうまくいっていた手法がどんどんダメになっていく。
 この時代、風を感じる肌感覚が試される。
 かすかな小梢の揺れを見て、深層の動きを知る嗅覚とでもいったらいいかな。
 それを鍛えるには身体感覚を育てるのもひとつの方法だね。 
 臨機応変に動くには精神の安定とやわらかい感性は欠かせない。
 物事には順番があって、へんに知識を詰め込むと感性が死ぬんだよね。
 子供のような眼差しで、びっくりしたり、確かめたりしながら、まるで初めて出会うかのように親しみをこめて自分の心と体を知ってゆくことがサイコシンセシス(精神統合)への近道だったりする。
 これね、これからの時代を生きるにはかかせない力だ。
 ちなみにこの時期は物事がどんどん動く。
 だからいまは流れに身を任せつつ、家族とか友人とか、自分にとって一生つきあっていきたい人々との時間を大切にするといいよ。
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