2007年11月06日

薬師如来

 ひとを救いたいと願うのはひとの性か 

 四苦に苦しむ人々のせつない願いを聞き届け、
 かれらのためにその身を削る。



 嫉妬・執着・悲しみ・絶望

 神よ
 神よ 

 そこにいますか
 この声が聞こえますか

 助けてください
 助けてください



 如来の瞳から涙が流れる
 
 この腕が必要か?
 ならばこの腕を与えよう
 
 この足が必要か?
 ならばこの足を与えよう

 愚かだと思うか?
 果てることのないひとの願いを叶えるために生きるこの身をあわれと思うか?
 
 すでに手足を失い、ひとを救うすべもない
 無明と知りつつ、それでもひとの子の愛しいことよ

 必要ならばこの命をあたえよう
 その痛みをこの腕に抱きとめよう

 ただ生きよ
 与えられたその生を精一杯生きるがいい

 その瞳に安らぎが宿るまでただここにいよう

 

 ゆるやかな姫川のせせらぎが聞こえる。
 しんと静まり返ったちいさなお堂のわきの源泉から硫黄の匂いがただよってくる。
 目の前の薬師如来像はどれほど多くの人々の願いを聞いてきたのだろう。

 ・・・・ありがとう。

 ご挨拶を終えて外にでると足元にとちの実が落ちていた。

 
 数百年のときを経ても、ひとの世は変わらぬ。
 なあ、姫よ?


 ふいに名前を呼ばれたような気がして振り返ると、薬師如来の面に穏やかな笑みが浮かんだようにみえた。



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この記事へのコメント
4
 人として生きるうえで欠かせない苦しみと向き合うこと、それが誰にとっても必要であると感じます。ちなみに私はクリスチャンなのですが、最近は聖書の言葉を通して自分の醜さと向き合おうと感じています。
 その人間の小ささが人間に人を慈しむ感情を与えてくれるのでしょう。
Posted by ケバブ at 2007年11月07日 16:00
私はこちらのサイトさんの波動のようなものがとても好きです。
いまあまり体調が良くないのですが、寄らせていただくと落ち着けてホッとします。
病気とか周りの状況ばかり気にせずに、好きなことを実現しようと少しずつですが、具体的に考えられるようになりました。
Posted by mari at 2007年11月07日 18:23

>ただ生きよ
 与えられたその生を精一杯生きるがいい

いやー、きますね(笑

思わずポロッときてしまったじゃないですか(笑


>数百年のときを経ても、ひとの世は変わらぬ

やはり、真理 なんですかね。
(そう思いたくないですが。。。)

Posted by monchi at 2007年11月07日 22:45
ケバブさん

人間は醜い部分も美しい部分も両方もっていますよね。
わたしはそこに人間の可愛さ、愛しさを感じます。

Posted by キョーコ at 2007年11月09日 17:58
mariさん

ありがとうごさいます。
お体はだいじょうぶですか。
体調の良くないところも自分の大切な一部として慈しんであげてくださいね。

>病気とか周りの状況ばかり気にせずに、好きなことを実現しようと少しずつですが、具体的に考えられるようになりました。

「好き」という気持ちは未来への切符みたいなもので、とても素敵な気持ちですよね。
好きなことをどんどんやっちゃいましょうね♪
Posted by キョーコ at 2007年11月09日 18:02
monchiさん

>思わずポロッときてしまったじゃないですか(笑

さすが薬師如来様ですね〜。
わたしも書いていて、
そうなのか〜と思っちゃいましたよ。

>やはり、真理 なんですかね。

ひとの世は変わらぬは真理という意味かな?
これは愚かで可愛くて愛すべき人間の本質は変わらないって意味です。
Posted by キョーコ at 2007年11月09日 18:07