2007年05月15日

 ヴォイストレーニングをやっていると言うと、なぜかいつもヴォイスヒーリングと勘違いされる。

 言葉は似ているけど、わたしの通っているのはヒーリングじゃなくて、普通のヴォイストレーニングスクール。ロックやポップスを歌うときって、声楽と違って、自然な声の出し方をするんだよね。喉に負担をかけない使い方っていうのかな。自由にナチュラルに楽しみながら、自分のなかの最高の声で歌うのがけっこう楽しい。

 子供の頃は歌に強いコンプレックスがあった。学芸会の合唱の練習になると毎回音程が外れていると指摘されたのがけっこう尾を引いていたなあ。ずっと自分は音痴だと思っていたね。でも本当は歌が大好きだった。

 おとなになると、いい意味でふっきれちゃった。
 かっこつけても、自分だからもういいやって(笑)。

 そんなわけで、今日は月一回のレッスンの日だった。
 リップロール、ハミング、表と裏とハーフトーンの発声練習をして、最後に好きな楽曲を一曲だけ歌うというのがいつものパターン。

 いつものように歌い終わって、ヘッドホンをはずすとトレーナーのMちゃんが言った。


「今日はいつもより声がでてましたね。・・・・ラストで気持ちが上がりました」
 
 思わずわたしはMちゃんの顔をみた。
 
 Mちゃんはくしゃっと泣きだしそうな、嬉しそうな、なんともいえない表情を浮かべたままこう言った。
 
「このところずっと、自分のスタイルがわからなくなっていたんです」

 わたしの担当のMちゃんだけじゃなくて、ここの先生方はどの先生も本当に音楽が好きで、マイナーかメジャーかは別にして自分自身もヴォーカルとして努力している方ばかり。Mちゃんも二十代の頃はプロダクションに所属して歌手の卵としてがんばっていたと、以前わたしがスランプになったときに話してくれたこともある。

「ゴージャスな歌い方やスタイリッシュな歌い方や、いろんな歌い方があるけれど、キョーコさんの歌を聞いていたら、初心を思い出しました。ほんとうにひとの心に響くのは形じゃないんですよね。なんだか・・・もういちどがんばろうって気持ちになりました。ありがとうございます」

 ・・・・・。

 そうじゃない。
 ・・・・・救われたのはわたしのほうだ。

 ただ無心に、自分の声で歌うっていうのは本当に難しい。
 スタジオでマイクの前に立つと足が震えたことが何度もあった。

 聞き手の反応を気にすることなく、自分の内に巣くう虚栄心に乱されることなく、ただ歌に集中する。でも集中していると思っているうちは、集中しきれてなくて、どこかに「見られている自分」という意識があるんだよね。

 うまく歌おうとするのでもなく、音程をはずさないように意識するのでもなく、歌詞に溺れるのでもなく、ただ無心に音に同化して音を内包している世界そのものと混ざり合ってゆく。

 いつかそんなに歌が歌いたいと思うけど、道ははるかに遠い。客観的にみて、技術的にまだまだだよなあとずっと思ってきた。

 けれどMちゃんはそんなわたしの歌を聴いて、なにかを感じてくれた。もしもわたしの歌が暗い夜道を照らすほんの一瞬の灯りになったのなら、Mちゃんの思いはわたしの心にけっして消えることのないちいさな灯りをともしてくれた。 

 ・・・・わたしのこんな歌でも、誰かの心に届くと信じていいんだよ。

 なんだかそう言ってもらえたような気がした。

 ヴォイストレーニングのあと、友人たちと井の頭公園に寄った。
 池にかかった橋を歩いていると、ふと呼ばれたような気がして振りかえった。水面をへだてた向こう側に弁天さんのお社が見えた。そのななめ右側に傾きかけた太陽が眩しい光を放っていた。

 感謝。


 ちなみに最近のお気に入りの練習曲は、元ちとせの「いつか風になる日」。


 さて次回は浄化シリーズに戻りま〜す。

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この記事へのコメント
初めてこちらに書かせて頂きます。
私も歌は大好きです。

よく、一つの行動をとってもその人の性格が出るって言うけど、歌い方でも性格って表れるんですよ。仕事上お客様のカラオケを聞く機会が多いですが、声の出し方や歌い方で簡単にですがその人の性格を掴む事が出来ます。そのお陰でその方と会話する時は、こちらから心開く事が出来るんです。
そして歌は歌い手の人生や経験も映し出します。歌手でもそうでなくても、いくら技術があって声が良くても心に全く響かない事があります。反対に一見下手に思えても心に強く響く事もあります。聞かせようと思って歌う歌より、その人の人生と、言葉や歌を大切に思う気持ちが表れた時、自然に心に響く歌を歌うんでしょうね。だからキョーコさんの純粋なひたむきさが先生の心にも響いたんでしょうね!
Posted by ジュビア at 2007年05月15日 12:58
浄化シリーズ楽しみにしております。

元ちとせ、いいですね。私が大好きなのはユーミンが提供した「春のかたみ」です。

あと、個人的に、最近ハマっているのがブロードウェイ・ミュージカル「ウィケッド(Wicked)」です。たまたまユニバーサル・スタジオ・ジャパンでショート・バージョンを見たのですが、感動しました。

「声は宇宙を突き抜ける」というのが初めて分りまして、また変なヴィジョンが見えてしまいました。(正しいトレーニングは重要ですね。)

トニー賞を受賞した名作なので「YouTube」でWicked musical検索すると沢山でてきますので興味が会ったら御覧下さい。
Posted by ウォッチャー at 2007年05月15日 13:27
ジュビアさん

おはようございます。
ほんとに歌はそのひとの個性がそのままでちゃうんですよね。
その意味ではおもしろいです。
カラオケでお客様の性格がわかるというのもうなづけます。

>だからキョーコさんの純粋なひたむきさが先生の心にも響いたんでしょうね!

はい。いつも的確なアドバイスをくださる先生の言葉だっただけに嬉しかったです。
Posted by キョーコ at 2007年05月16日 07:19
ウォッチャーさん

おはようございます。
春のかたみもいいですね!

「ウィケッド(Wicked)」ですか。はじめて聞きます。さっそくYouTubeで見てみます。

>「声は宇宙を突き抜ける」というのが初めて分りまして、また変なヴィジョンが見えてしまいました。(正しいトレーニングは重要ですね。)

ウィケッドで経験したのですか?
へんなビジョン・・・・ですか。ビジョンの場合、アクセス先というか、その情報の出所がどこかというのが重要なんですよ。なんせ正邪混合ですから。その意味では、警戒してかかったほうが無難かもしれませんね。

Posted by キョーコ at 2007年05月16日 07:26
おはようございます
はい、「春のかたみ」、切なくていいです。

ウィケッドのビジョンですが、ご心配させてしまっていたら恐縮ですが、大したものではありません。
正確にはビジョンと言うよりはインスピレーションに近いものでしょうか?
「玉座に座るイエスの巨大なモザイク画」がイメージで浮かんだんですよ。

確かに「Wicked」は邪悪という意味なんですが、ストーリーは邪悪とされた魔女(恐らくカソリック以前の信仰の暗喩)の徳や人間性を称えるような話なんです。(なお、劇団四季が日本語版を6月に上演するそうです)

お勧めの曲は「The wizard and I」(魔法使いと私)と「defying Gravity」(重力に逆らって!)です。アマチュア歌手の投稿も沢山あって面白いですよ。
Posted by ウォッチャー at 2007年05月16日 09:39
こんにちは!

じつは僕もシンガーになりたくてがんばってた時期がありました^^
アメリカまでヴォイトレ行ったり、沢山の人の前で歌わしてもらえる機会もあり、その中で
たくさん恥もかいたし、落ち込んだりもしました。
でもそれ以上に歌うことの喜びを感じることができました。
毎日、自分との対話とゆうか、僕にとって本当に貴重な時間でしたね。

> ほんとうにひとの心に響くのは形じゃないんですよね。

僕も心からそう思います!(うまいにこしたことはないんですが・・・汗)
歌には、「なんか分からんけどホンマええわ〜」みたいな、人々の心のフィルターを飛び越して感じてもらえる何かがありますよね!
 これからも歌とゆうツールを使って、表現楽しんで下さいね!
ちなみに僕の今のツールはイタリア料理になりました。 

「いつか風になる日」いい曲ですね!

SAKURAの「言の葉」も機会があればぜひっ!!
Posted by アウラ at 2007年05月16日 18:16
ウォッチャーさん

>正確にはビジョンと言うよりはインスピレーションに近いものでしょうか?
「玉座に座るイエスの巨大なモザイク画」がイメージで浮かんだんですよ。

そうでしたか。安心しました。
魔女とイエスなんて、ダビンチコードみたいですね。

おすすめ曲、さっそく聴いてみました。
defying Gravityに感動しました。
あの歌い方がすごくいいです。
Posted by キョーコ at 2007年05月17日 22:41
アウラさん

こんばんは。
アウラさんも歌をやっていたんですか。
それもかなり本格的だったんですね。
本当に納得できる声をだしている瞬間はもう何もいらないって思いますものね。

>ちなみに僕の今のツールはイタリア料理になりました。 
不思議なんですが、わたしの友人も昔バンドを組んでいて、いまは日本料理をやっています。音楽とお料理って共通するものがあるのかな。

>SAKURAの「言の葉」も機会があればぜひっ!!

はい! さっそく聴いてみます(ネットで検索してみます^^)。
Posted by キョーコ at 2007年05月17日 22:49
>>魔女とイエスなんて、ダビンチコードみたいですね。
そうですね。コメントした後で私も気が付いたんですが(笑)

このミュージカルは4年前に始まって、今やシカゴ、LA、NY、ロンドンで上演されていますが、絶大な支持を受け、どのカンパニーでも未だに動員率100%「モンスター・ミュージカル」なんだそうです。

このミュージカルが誕生したのが、[マダラのマリア]焦点を当て大ヒットした「ダビンチ・コード」と同じ時期なのですが、一つのシンクロニティなのかもしれません。時代は変化しつつあるようです。

鮮烈に、「玉座に座る堂々たるイエスのモザイク画」が見えた時、大シャーマンとしてのイエスの霊性が未だに存在していると感じました。
Posted by ウォッチャー at 2007年05月18日 12:31
歌声・歌い方は個性の表現です。
音とテンポさえ外れてなければ、プロ歌手の真似をすることなく、その人の持ち味で歌うのが一番でしょう。

私も他人に歌詞を書くだけでなく、自分でも歌ってみたいと思うようになりました。
MARTINのギターも買ったし、クリスマスにはミニライブをしようと計画中です。もちろん要・要・要練習です(^_^;)
Posted by yuris at 2007年05月18日 18:24
ウォッチャーさん

>このミュージカルが誕生したのが、[マダラのマリア]焦点を当て大ヒットした「ダビンチ・コード」と同じ時期なのですが、一つのシンクロニティなのかもしれません。時代は変化しつつあるようです。

なるほど。シンクロですね。キリスト教ではない日本人にとっては数ある映画のひとつですが、たしかキリスト教圏の方たちの賛否がわかれましたね。
Posted by キョーコ at 2007年05月18日 23:54
yurisさん

こんぱんは。

>音とテンポさえ外れてなければ、プロ歌手の真似をすることなく、その人の持ち味で歌うのが一番でしょう。

同感です。
声をだすことって、祈りや瞑想とよく似ているんですよ。
だから現時点で100パーセント自分の声がでたときは、快感なのだと思います。

クリスマスのミニライブですか。
楽しみですね!!
機会があればぜひ yurisさんの歌を聞いてみたいです。
Posted by キョーコ at 2007年05月18日 23:59