さてそろそろお盆も近いね。
 毎年この時期になると帰省ラッシュが始まるよね。いまは昔と違って、毎年かならずお盆にはお墓参りしなきゃと思っているひとはそれほど多くないんだろうな。

 以前祖父が、
「だいたい墓参りったって、お盆でご先祖様は家に戻ってきているんだから、お墓に行っても空っぽじゃねえか」
 なんて言いつつ、お墓に丁寧に花をそなえていたのを思い出す。

 親孝行や義理もあるだろうし、付き合いとかいろいろ気苦労もあるだろうけど、それでもお盆やお彼岸、夏祭りといった古くからの慣わしがなくならない理由のひとつには、ほとんどの日本人は無意識のうちにアニミズムの精神を受け継いでいるからかもしれない。

 アニミズムっていうのは日本語では万物有霊論と訳される。
 簡単にいうと、山や川、樹木や石ころ、雨や風、さらには食事のときに使う箸や茶碗など、ありとあらゆるものに霊魂あるいは神が宿るという考え方をさすんだよね。こうした素朴な自然崇拝は古くは日本だけではなく、世界中に広く分布していたんだよね。

 このアニミズムの発展形が原始神道や沖縄諸島をはじめとした地方色豊かな民間信仰なんだよね。こうした原始神道(原始宗教)はさらに仏教などの外来の諸神仏を受け入れつつ祖霊信仰とも結びついて、いまも日本各地に残る祭りや年中行事という形で継承されているんだよね。

 こうしたアニミズムは未開社会ではいまも色濃く残っているし、発展途上国と呼ばれる国には比較的温存されているかもしれない。けれど工業化が進みキリスト教や仏教などのシステム化された巨大宗教が流入してくるにつれて、多くの国ではアニミズム的な感性は失われ、それに変わる宗教を受け入れるようになってゆく。

 ところがこれほど工業化・都市化が進んでいるにも関わらず、日本ではこうしたアニミズム的な感性がしっかりと残されているんだよね。
 それが端的にでているのが、クリスマスを祝い、大晦日で除夜の鐘をつき、初詣に行く一般的な日本人の年末の過ごし方。だって、クリスマスはキリスト教で、除夜の鐘は仏教、初詣は神道だよ。

 こうした日本人の宗教に対する軽さを無節操とか無宗教とか言うけど、じつはそうじゃない。神道ではやおろずの神といって、じつにたくさんの神さまがいる。もともとたくさんいるんだから、そこいってイエスや釈迦といった新しい神さまがひとりふたり増えたところでどうってことないんだよね。

 日本の文化には随所に原始神道が深くかかわっているし、その根底にはアニミズムが深く根付いている。だから大らかに外神たちを受け入れ、共存しようとする懐の深さがあるんだよね。そしていつのまにか外神は日本文化に消化され、本来の姿とは違った、日本の風土に合ったまったく新しい神に変容してゆく。

 もちろんこうした特異な日本人気質は現代中国や欧米諸国にはなかなか理解しがたいだろうと思う。かれらの目にはたんに人がいいのか、あるいは何も考えていないアホなのか、どちらかにしか映らないかもしれない。けれど異質なものを受け入れ、消化して自国にとりこんでゆく文化の行く先は、征服ではなく共存なんだよね。

 過去、朝鮮半島経由で大陸の文化・宗教がつねにはいってきたし、黒船以降は欧米のモノや文化が奔流のように流れ込んできた。けれどそれでも日本の文化の根底にあるアニミズム的な感性は個々の精神のベースとして受け継がれてきたし、じつに器用に外のものを内に取り込んできたよね。

 欧米の植民地政策が朝鮮半島を総なめにして、やがて日本をターゲットに定めたにも関わらず、日本は自国の文化のいちばん大切な精神を失わなかった。それはいくつもの偶然と歴史の裏舞台で尽力してくれた当時の日本人たちの努力と共に、すべてのものを飲み込んでゆく、アニミズム的な感性が強力な武器として作動していたに違いない。わたしたちはそうした自国の文化にもうすこし目を向けてもいい。

 わたしたちの精神の核が失われたのだとしたら、それは黒船の時期ではなく、第二次世界大戦の敗戦によって自ら生み出したトラウマによってだと思うよ。外からはいってきたものを取り込んでゆくのは巧みでも、自らの精神の奥に作り上げてしまった歪んだ思考パターンを癒してゆくには、敗戦直後の日本人は幼すぎた。けれど子どもはいつかおとなになる。スサノオノミコトがヤマタノオロチとの戦いを通して成熟した神となっていったように。

 窓の外をみると、西の空にトンボが飛んでいる。
 むかしよく祖父が言っていた。お盆の時期は虫を捕まえちゃいけないと。
 どうしてと聞く私に、祖父はこう答えた。

「亡くなったひとがトンボや蝶に乗って帰ってくるからだよ」

 今年ももうそんな時期なんだね。
 ニュースをみれば、あいかわらず靖国神社のことでごたごたしている。

 けれど祖霊たちは笑っているかもしれない。

「生きている者は死者の心知らず。いちどトンボになってみなはれ」

と、ね。