わたしは毎年元旦は神々に祈ったあと、今年一年の世界・日本の動き、自分の仕事について、神示をもらうことにしている。これに関しては、わたし自身がシャーマンであると同時に経営者でもあるため、その年の仕事の方針を決めるにあたって、世の中の情勢をある程度予知も含めて把握する必要があるからなんだよね。
もちろん普通の政治・経済誌も目を通すけど、その道のアナリストたちの予測を超えた突発的な出来事が世界の流れを変えるなんてことはよくある話だよね。でもこれに関しては論理的な予測はなかなか難しい。こういったことも含めて、霊的な方法でその年の流れを読むことが必要なんだよね。
それともうひとつ重要なのは、未来は100パーセント決まっているわけじゃないってことなんだよね。わたしたちシャーマンの多くは、このままいくとそうなる可能性がいちばん高い未来を見る。それが悪い未来であれば、同時にその回避策も与えられる。それはたとえば裏神事による霊的な方法の場合もあれば、わたしたちひとりひとりの意識の持ち方や現実的な行動指針だったりするんだよね。
ただし回避策を使うには条件があって、地震は例外なんだよね。
どういう事かっていうと、こういうこと。
シャーマンの視点でみると、地震は地球の磁場と次元のひずみを整えるために起きているので、決してその動きを止めてはいけないんだよね。これは普通に考えてもわかる話だよね。地震の場合は溜めこんだ歪のエネルギーが大きいほどマグニチュードも大きくなるよね。
これを止めたらどうなるか?
答えは単純で、エネルギーが限界に達したとき、壊滅的な被害をもたらす大地震になってしまう。どう考えてもそれはまずい。そうではなく適度にガス抜きをしつつ、地震に大きな影響力をおよぼす人心の安定を図るのが壊滅的な被害を防ぐ手立てになる。もちろん昨年明るみにでた耐震偽装問題をみてもわかるように、自然災害における被害の半分は人災である面はいなめない。そこは人間が現実的に対処してゆく必要があるのはいうまでもない。
ちなみによく大きな地震が起きると「神様が怒っている」とか「地球が怒っている」という話を聞くけど、それは違う。
地球の自然現象に大きな影響力をもつ高い次元の神々は、人間のように怒ったり悲しんだりしない。
ここはもっと冷静に物事を見たほうがいい。
一般的なチャネラーがキャッチする地球の怒りや悲しみ、あるいはメッセージは、じつは地球本体からのものではない。地球本体の意識は高次の神々と同じで、もっと冷静で愛と力強さに満ちている。
じゃ彼らがキャッチしている感情は何かというと、大きく分けてふたつある。
ひとつは比較的わたしたち人間に近い次元の霊体や神霊の意識。
人間に近いからこそ、人間にとって理解しやすい喜怒哀楽をもっているんだよね。ただしかれらには、地球の地殻変動を左右する力はない。
そしてもうひとつは、わたしたち人間の集合無意識というやつなんだよね。じつはガイア(地球)からのチャネリングメッセージと呼ばれるものの多くは、この意識帯にアクセスして、そこからさまざまな感情や情報を拾っているんだよね。
地球が悲しんでいると感じるのは、わたしたち人間自身が悲しんでいることにほかならない。すべての人間にはひとの痛みを感じ、それを自分のことのように感じる力がある。無意識の深い部分では人間はみんな繋がっているんだよね。だからこそ、はるか遠い地で起きた悲しい出来事を無意識のうちにキャッチして、理由はわからないけど、なんとなく浮かない気持ちになったりするわけ。
これはわたしたち人間の未来にとって希望でもあるよね。だって世界の惨状を目の当たりにして悲しむ心をもっているってことは、裏を返せば大切なひとたちを守りたい、同じ地球に生きる仲間を愛しているという事実そのものだから。
ただしこうした人間の気持ちや人間に近い感情をもった神霊たちと地球の意志を一緒にすると物事の本質がわからなくなってしてまう。地球は高い視点で次元・磁場の歪を解消させようとしていて、その結果が地震となって現れているだけなんだよね。だからこそ地球の上に乗っかっているわたしたち人間は、できうる限り人災を防ぐ手立てをとる必要があるんだよね。
そして地震に関してもうひとつ大事なのは、わたしたちの心と地球上で起きる地震・台風などの自然現象は密接に繋がっているってことなんだよね。このあたりはアーノルド・ミンデルもプロセスワークで似たようなことを言っているね。心と地震はシンクロしていると言ってもいい。だからこそひとりひとりが自分自身の心を見つめ、ありのままの自分を受け入れてゆくことが、そのまま地震の被害を減らすことに繋がってゆく。霊的にみると、わたしたちの心に愛と感謝の気持ちが満ちてゆけば、地震という方法をとらなくても次元・磁場の歪は解消されてゆくのも事実。このへんのことは、以前の記事
「地震とプロセスワーク」でもちょこっと書いたので参考にしてね。
じゃ愛と感謝の心で生きていれば地震の被害にあわなくてすむかというと、残念ながらそうではない。どんなに高潔な人格者であっても、死は平等に訪れる。ただそれが老衰や病死ではなく地震だったというだけだ。
納得できないひともいるかもしれない。なぜ心を磨いているのに地震などの災害の犠牲になるのかと思うかもしれない。実際、そんな質問を受けたことがある。
その答えは、死に方というのは生き方そのものだからなんだよね。
命は尊い。
けれど人間には己の命よりもっと大切なものがある。
それは信念であったり、愛するひとであったり、大切なものはひとそれぞれ違う。
けれど共通しているのは、自分の命よりも大切な何かを守ることが自らの魂を守ることに繋がるってことなんだよね。
9.11のとき、現場で救出活動にあたった消防士の姿を覚えているだろうか? 去年、中南米にハリケーンが繰り返し襲ってきたとき、極限状態でお互いに助け合った人々もいたね。ただ動物的な生存本能のまま生きのびるだけなら、誰も危険だとわかっている場所に自ら出向いたりしないし、ひとを押しのけてでも生きのびようとするよね。けれどそのときひとは、生きながらえるかわりに魂を失ってしまう。
これは何も非常時にかぎらない。
大切なのは当たり前の日々の生活のなかで、自らの魂を育ててゆくことなんだよね。
2006年は激動の時代の幕開けになる。
現実から目をそらさずに、心と体をしっかり使って生きれば、何が起きようと恐れることはないよ。
なんだか地震の話がメインになっちゃったなあ。今年の具体的な話を書く前に、「未来予知」とは何かってテーマで書くつもりだったんだけどなあ。
というわけで最後に2004年の中越地震の直後に「笑いのシルクロード」用に書いた原稿を読んでみてください。
『大地からのメッセージ』
これは今も変わらぬ大地の意志でもあります。