そんななか今年の二月から、新しいメンバーが加わったんだよね。
彼女もグループレッスンで申し込んでいながら、時間帯の関係でずっとひとりだったらしいの。で、やっぱりグループがいいというわけで、一緒にやることになったんだよね。
はじめて顔を合わせた日はたいした会話もせずに終わった。もともとレッスンがメインなわけだし、ヴォーカルなんて妙にプライドが高かったりするから、そんなもんなんだろうとしか思わなかった。
その日から週に一回顔を合わすようになったんだけど、これがわたしにはかなりプレッシャーだった。お互いに心のどこかで、負けたくないと思っていたんだよね。少なくともわたしはそうだった。他人がなんて言おうと、ヴォーカルのプライドみたいなやつがあって、へんに相手を意識してしまうんだよね。
いつもレッスンの最後に一曲だけ好きな歌をうたう。わたしが練習曲にしているのは、そのときの自分のレベルではちょっと難しい曲なんだよね。当然、最初のうちはきれいに声がでなかったりで、ひとに聴かせられるようなシロモノじゃない。
ところが彼女と一緒にやるようになってから、これを彼女の前で歌わなきゃならなくなっちゃったの。ただでさえ、めいっぱい限界に近い音域の歌なのに、マイクの前に立つと足が震えるんだよね。自分でもものすごく緊張しているのがわかるわけ。
で、緊張すると、当然のごとく喉の筋肉も緊張するから、出せる音域ですらきれいに出ない。出ないからそれがプレッシャーになって、よけい緊張するっていう悪循環。こうなると、レッスンそのものが苦痛になってくるんだよね。
これにはまいった。
もうやめようかと思った。
親しい友人にも、そんな弱音を吐いた時期があった。ところがその友人に話したことで、すっと気持ちが楽になったんだよね。別に自分を自分以上の存在に見せなくてもいいって素直に思えたんだと思う。あいかわらずマイクの前に立つと緊張はするけど、レッスンが苦痛というほどじゃなくなった。
自分の気持ちがほんの少し変わったかなあ・・・・と思えたある日。
発声練習が終わり、彼女が歌う番になった。
イントロにつづき、彼女が歌いだした瞬間、どう言ったらいいんだろう、私の中のちいさな殻が壊れた。
心の奥から生まれる、とても深みのある声。
そう・・・とても深くて・・・・。
彼女の声がまっすぐに心に届く。その声を聴いた瞬間、それまで彼女に対して思っていたライバル意識は消し飛んだ。そこに素直に感動している自分がいた。
いつかインストラクターの先生が言っていたのはこういうことだったのかと思った。
「ほんとうにいい歌は、そんな悔しさとか対抗意識なんか消し飛ばしてしまうほどの力をもっていると思うんですよ」
ああ・・・・ほんとうだ。
やっとわかった。
わたし・・・心が震えてる。
そんなことがあってから、なんだか彼女が好きになった。
あれから一ヶ月。
来月からグループレッスンではなく、月一回のプライベートレッスンになる。仕事の関係で週一で通う時間的余裕がないのが大きな理由。そんなわけで、この日が彼女と一緒の最後のレッスンだった。わたしはずっと、あのときの感動を伝えたいと思っていた。
外にでると雨上がりの真夏の午後のような空気が体を包む。
彼女とふたりで駅に向かう道を歩きながら、自然にその言葉が口にでた。
なんだか、やっと彼女と友達になれた気がした。
「またメールするね」
信号が変わった。
ひとの波が動く気配があったけど、またそう遠くないうちに会えるからいいやと思った。
こんど会ったときは、たくさん話したいことがあるような気がする。
※おなじみの
現役雑誌記者による、ブログ調査分析報道!にて、
6/29付けでキョーコの記事を掲載しています。
タイトルは
「時代の流れを読め」
よかったら読んでみてくださいませ♪
Posted by kurama17 at 15:42
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