サイコシンセシスとフェルデンクライスメソッド

 昨年秋からスタートしたボディ&サイコシンセシス講座(全6回)が昨日無事終了した。
 サイコシンセシスとフェルデンクライスを組み合わせた講座はわたしが知っているかぎりでは日本初の試みだ。それだけにメニューを組むのに試行錯誤したけど、それがまた面白かった。
 というわけで、少々サイコシンセシスとフェルデンクライスメソッドについて1年前にはこんなことを書いていた。
    ↓ ↓ ↓
       
 いま自分が何を感じ、どんな衝動に駆られ、何を考え、どういう行動をとっているのかに気づいていられる意識を育てるための技術と理論が体系化されているのがサイコシンセシスの大きな特徴のひとつだ。
 自分の手持ちのカードを変えようとするのではなく、自分がいまどんなカードを持っているのか気づいていることが大事。アサジョーリはこの意識を「観察する自己」と名付けたんだけど、モーシェ・フェルデンクライスもまったく同じことを言っている。
「意識と自覚の間には、本質的な違いがある。自覚は、意識のなかで起こっていること、あるいは意識しているときに私たちの内部で進行していることについて、それを明確に知っている意識である。」(by モーシェ・フェルデンクライス)
※ ここでいう「自覚」はアサジョーリの言う「観察する自己(セルフ)」のこと。
 これね、釈迦も言っていた。
 どの道を通っても、それが普遍的な真理なら同じところに着く。
 サイコシンセシスやフェルデンクライスメソッドがすごいのではなく、尽きることない真理を希求する人類の眼差しこそが偉大なのだ。
 そしてそこに通じる道はわたしの中にも、あなたの中にも、誰の中にも、間違いなく存在している。
 
                                                   (2015年5月)
                      ☆ ☆ ☆
 あらためて1年前の記事を読むといい事を書いてるじゃん(笑。
 日本ではサイコシンセシスはあまり知られていない。
 サイコシンセシスは100年前に体系化され、トランスパーソナル心理学の基本的な体系でありながら、あまりにも未来的なので、保守的な日本の心理学の世界ではついてゆけなかったからだろう。
それでもサイコシンセシスの枠のとどまらず、新しいことや未知の情報には柔軟でいたい。それが真のシンセシス、つまり統合へ至る道だからだ。良いものであればあるほど、その枠に落ち込んでスクエアになるのではなく、それを捨て去ることでより深く道を得る。
 そうそう面白いのはわたしにサイコシンセシスを教えてくれた伊藤さんは日本にサイコシンセシスを持ち込んだ先駆者のひとりだけど、その伊藤さんが面白いことを言っていた。
 アメリカのサイコシンセシス研究所では合気道の授業を取ることが必須。理由は精神を扱うので、身体的な感覚を磨かないとバランスがとれなくなってゆくからだというようなことを言っていた。
 その話を聴いたとき、なるほどと思ったんだよね。
 サイコシンセシスでは「感じる」ことが基本なので、そのベースがあって初めて深いところからの変容が起きるからだ。ちなみにサイコシンセシス研究所の授業の一環でフェルデンクライスATMも受けたことがあると言っていた。
 さすが。
 いろんなことが、ま~るく円になっていくよね。

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