ヒーリングソウル

Healing Soul サイコシンセシスとフェルデンクライス・メソッドを使ったメンタルコーチのブログ。心と体のいい状態を見つけてみない?

内観

 先日、友人に、
「最近、キョーコさんがかわいく感じられる。貧乳がボインになったっていうか」
というメールをもらった。
 

 ・・・・・。
 ・・・・・。
 

 さすがにPCの前で5分間フリーズした(爆)。
 だってボインって言われてもなあ・・・・。
 でもそういえば思い当たることがある。ここ何年か抱えていた内面的なテーマがあって、ある程度乗り越えた思っていたんだけど、最後のつめが甘くて一年ぐらい引きずっていたんだよね。それがすとんと落ちたと感じられたのが、そういえば今年にはいってからだった。
 それと関係あるかな・・・?


 ここ1、2年、わたしのなかで大きなテーマとして浮上していたのが自分を捨てるということだった。
  

 人間は誰でも自分の能力に執着しやすい。
 それが仕事上の技術だったり、人間関係だったり、あるいは地位・名誉・容姿・学歴など、内容はひとによっていろいろだけど、それが優れたものであればあるほど、無意識のうちにそのことに自分自身の存在価値を見出して、やがていつしかそれは執着へと変わってゆく。
 

 わたしの場合は霊能がそうだった。
 ずっと無意識のうちに傲慢になるのをおそれ、そうした力とは距離をとっていたんだけど、ある時点から自分の現状を受け入れざるを得なくなったという経緯がある。人間ってつくづく弱いものだなあと思う。いったん受け入れてしまえば、自分で注意しているつもりでも、無意識に心の中にさまざまな思いがでてくるんだよね。
 

 こうした世界とはかかわりのないひとには信じがたい話かもしれないけれど、ひとの未来や物事の成否を見たり、ときには土地神たちの要請に応じて降雨のエネルギーを使ったり、土地を浄化したりするのがシャーマンの仕事。これはわたしだけではなく、ある程度の行を積んだ僧やヨギなら比較的に誰にでもできる。だからそれを特別なものだとは思っていなかった。
 

 ・・・・いや、思っていないはずだった。
 けれど自分の心をじっと観つめてゆくにしたがって浮上してきたのは、そうした自分の能力にたいする執着と傲慢さだった。もっと正確にいうと、その力に拠って立っている自分がいたんだよね。それはつまり自信のなさの裏返しなわけ。その自信のなさをさらに突き詰めてゆくと、「わかってほしい、認めてほしい」という気持ちだった。
 

 自分自身の人生のテーマのひとつは、「ありのままの自分でいてもいい。そのままで愛されている」を実感として理解することだった。それはもうじゅうぶんに実感として感じていて、このテーマはクリアしたと思っていたわけ。
 

 ところがそれは100パーセントクリアしたわけじゃなかった。だからその変形バージョンとして、能力を失った自分なんて価値がないように感じていたんだよね。
 そのことに気づいて愕然とした。
 いつのまに能力に依存し、自分の拠って立つ支えにしていたのか。どんな力もそこに依存してしまえば、それは執着に変わる。
 

 何に対する執着か?
 それは「自分」という存在に対する執着であり、我欲なんだよね。怒りや嫉妬・憎しみなどのネガティブな感情はすべてこの我欲から生まれる。それまでうすうす感じつつも、見て見ないふりをし続けてきたんだけど、ここにきてついに観念した。力にこだわっているかぎり、人間としても霊的な成長という意味でもその先には進めない。
 

 自分に執着するなら、自分を捨てようと思った。
 霊能という衣を捨て、何ももたない素の自分に戻っても、なお自分にYESといえるか? 
 

 自分の内側の深いところをじっと見つめ続けているうちに、徐々に変化が起こり始めた。最初に気づいたのは、霊視がやりづらいということだった。
 当時も霊視などの霊能に関しては商売道具にしていなかったので、頼まれると知人限定で引き受けていたんだけど、あるとき依頼人の未来を見ようとしても見えないことに気づいた。ただエネルギーの流れしかわからない。
 

 それが最初の感覚だった。
 やがて個人の未来や過去の透視や霊視ができなくなり、それまで感じていた龍神やそれ以外の神々も感じなくなっていった。
 

 ショックだった。
 それまで当たり前に見えていたものが、まるで目隠しをされたように見えなくなった。目をとじて祈りにはいると、それまでだったら意識さえ合わせれば白銀の光が降りてきた。
 

 ところがその頃をさかいに状況は激変した。
 目をとじると、ただ真っ暗に闇がひろがっている。広大無辺な宇宙空間のような闇のなかで、どんなに神々に意識をあわせようとしても、うんともすんとも変化がない。
 

 正直に白状すると、最初は強い不安に襲われた。自分の心がけが悪くて、神を感じられなくなってしまったのか? 傲慢だったからか? とか、もう情けないぐらいあれこれ考えた。けれどようやくそれは自分が望んだ状況だってことに気づいた。力を失った自分に対してYESといえるか、という課題が本格的にはじまったんだよね。
 

 時間のあるときはひたすら坐り続け、自分を突き放して観る。
 個々の神々はまったくといっていいほど感じない。ただ真っ暗な闇の中を不安とか孤独とか絶望といった感情の断片がただよってゆく。ついに神にも見放されたかとも思った。
 

 わたしの場合は宗教団体とは無縁だけど、子供の頃から神さまを信じていた。それは幽霊を見る体質だったので、必然的に神さまに「守ってください」と祈らなきゃ怖くて眠りにつくことができなかったからなんだよね。その延長線上に今がある。
 

 だから神を感じられなくなるっていうのは、子供の頃からの人生のすべてを否定された感覚に近かった。いままで感じたきたものや、信じてきたものはなんだったのか? なんども自問した。あれは幻だったのか。真っ暗な闇のなかには神などいない。すべては失われてゆくという虚無感にのみこまれそうになった。
 

 それでも闇を観つづけた。
 最初の気づきから一年近く過ぎた頃だったかな。
 心がすこしずつ静かになっていった。闇だと思っていたものが、ずっと大きな力の顕現なのだとおぼろげながら感じはじめた。
 

 そんなある日、すとんとおちた。
 自分の執着に気づいたときからずっと「わかってほしい」という気持ちを観つめ続けてきたけれど、いつのまにか心がとても満ち足りているのに気づいた。同時に自分が個を越えた、より大きな世界に内包されているのがわかった。
 

自分を捨てるのではなく、自分に執着している自分を受け入れればいい。そう思った瞬間、すでにそれを受け入れている自分がいた。同時に「わかってほしい」という気持ちは跡形もなく消えていた。力など持たない、まっさらな生まれたての自分で在ることに心から満ち足りている自分がいた。
 

 このとき、わたしは自分という殻を破ったことに気がついた。
 不思議なことにこの件があってから、それまでとは違う形で力が顕現するようになった。ひと言でいうと、観たものの波動を変えてしまうという力。だからいい意味で予知があたらない(笑)。
 
 自分の力にたいする執着に気づいてから、それが腹に落ちるまでに一年かかった。そして最後のつめが今年にはいってからだったな。
 けれどひとつ自分の殻を破っても、また次の殻があるんだよね。捨てたつもりでも、またきっとまだまだ捨てきれない自分がでてくるに違いない。
 
 
 先日数年ぶりにあった禅の老師にこの話をすると、老師は事もなげにこう言った。
 

「書きなさい」
 ・・・・は? 
「そのなんとかという・・・」
「ブログですか?」
 老師はにっこりうなずいた。
 ・・・・またへんな奴と思われるのやだし。それに・・・。
「書けば揺らぐなら、また一から坐ればいい」
 

 わたしの躊躇なんてお見通しか。 
 
・・・・かなわんなあ。
 というわけで、旬を逸した感がないでもないんだけど、カミングアウトというか、ボインのいいわけというか。 
 

2007年2月26日

18 thoughts on “内観”

  1. SECRET: 0
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    終わりなどないのですネ。。 あのね。わたし。キョーコさんが大好き♪ 踏むべき段階があることを知っていてくれてるから、安心して話が出来るの。 盲目な幸せから脱皮できるヒントも、このブログにはいっぱいある。 さーて。目、開いていくからね。気を引き締めて(カラダも~) 楽しんでいくね!(^^)/~~~ 

  2. SECRET: 0
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    キョーコさま なにやら壮大な(?)お話しをどうもありがとうございます。 確かに、私の悩みの大部分は、 自分に対する執着に起因しているような。。。 私も、「力など持たない、まっさらな生まれたての自分で在ることに 心から満ち足りている自分」に、 少しでも近づけるように、日々少しずつでも 人間として成長することを目標にして、 毎日を過ごしていきたいと思います。

  3. SECRET: 0
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    ゆみちゃん ありがとう♪ わたしもゆみちゃんが大好きだよ☆ ブログは、せっかく痛い思いをして経験したんだから、やっぱりできるところはシェアしないとね(笑)。

  4. SECRET: 0
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    monchiさん 嬉しいですねえ。 おもしろかったってのは最高の褒め言葉です。 体を張った甲斐があったかな(笑)。

  5. SECRET: 0
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    ゆかこさん こんばんは。 >確かに、私の悩みの大部分は、 自分に対する執着に起因しているような。。。 自分に対する執着はなかなか手ごわいですよね。 でもそれを壊したときの快感もまた格別ですよ。 ゆかこさんもきっと、そんな気持ちを味わうときがくるかもしれないですね。 応援しています。

  6. SECRET: 0
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    驚愕…です 私はボインにはなってないけど(爆) とても似た体験していました、今年にかけて。 キョーコさんのミニミニバージョン版? あ、だからまだボインじゃないのか… この記事が読めてよかったです。 ありがとうございました。

  7. SECRET: 0
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    こんばんは。最近、私にとって波長の合う話しで面白いのですが、ヒーリングソウルというブログの題名は癒やし系ですよね?禅ってどちらかというと、ブッタ斬るイメージがあるのですが…斬って斬って斬りまくって、シンプルになって、それさえも笑い飛ばすようなイメージがあります。癒やし系とはどこか違って男っぽいですよね。

  8. SECRET: 0
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    ストンと腑におちて、安心していると、 また次がくるです^^;はい。 「終わりなき旅」ってかんじでふ。 が、 自分とむきあって 手に入れることのできた腑に落ちたときの充実度というか、満足感は、 ひとりでちゃんと大地に立っていけれる感触があって、 やっぱりこれだなあと、思うことこのごろです。 とにかく、投影される出来事、見えるものは全て、 自分に自分に、と 手段として、むかっていくことで 今まで見えてた世界がちがってくるなあと、 今は実感します。 そして、手離すことができるのは、自分がそれを受け入れれたときに、 はじめてできるということも☆

  9. SECRET: 0
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    yucaちゃん 狭い自我を壊す作業というのは、ちゃんと生きていてれば誰もが日々の生活のなかで直面するんですよね。 yucaちゃんも、がんばったね。 みんな同じなんだって思うと、ちょっと安心するでしょ。

  10. SECRET: 0
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    R.F.さん 言われてみれば、たしかにうちのタイトルは癒し系ですね。 もともとヒーリングの語源は「本来の姿に戻る」というあたりからきているそうで、そういう意味では本来(ここがミソですw)のヒーリングは禅などの東洋系の思想に近いんですよ。日本の癒しとかヒーリングのもつイメージとはかなり違いますね。 禅といえば、沢庵全禅師が禅の極意を柳生宗矩なに教えた話がけっこう好きで、やっぱれ活人剣だな、なんて思ったりします(笑)。

  11. SECRET: 0
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    め☆ちゃん >ひとりでちゃんと大地に立っていけれる感触があって、 ほんとにそうですね。 他者に依存するのではなく、大地としっかり繋がっている実感はそれだけで満たされた気持ちになりますね。 め☆ちゃんはしっかり自分と向き合ってきたものね。 その確かな手ごたえがめ☆ちゃんの力になるんだろうなあ。

  12. SECRET: 0
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    め☆ちゃん ☆の絵をウェブアートデザイナーでいじったら、こうなりましたという絵です(笑)。

  13. SECRET: 0
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    自分に対する執着を自覚しているつもりで克服できてきたな、 などと思っていたら、 昨年、そしてまたつい最近も自分の業の深さに翻弄されています。 魂レベルの成長は常に辛い思いを伴って、 道から外れるように誘惑をしてきます。 今回のもちゃんと乗り切りたいです。

  14. SECRET: 0
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    さくらこさん こんぱんは。 >魂レベルの成長は常に辛い思いを伴って、 道から外れるように誘惑をしてきます。 その気持ちわかります。 ほんとにおっしゃるとおりですよね。 どうしてそうも的確に弱点を突いてくるのかと思いますもの。 おたがいがんばりましょう。

  15. SECRET: 0
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    キョーコさん、去年から時々読ませていただいていましたが、はじめて書き込みさせていただきます。 あまりにもうれしくて、、ボインになれる? 私もかれこれ2-3年、”自分を捨てる”をやっているのですが、捨てる覚悟ができるまでに1-2年、捨てる覚悟をしたつもりなのに、しがみついている突起を時々発見し、その1個1個に数ヶ月かかり、なんと長い道のりかー、と思っていたら、 ご褒美に、ボインになれるとは、、、、がんばりますっ! それと、その禅の老師のなんとかいうのに書きなさい、というくだり。 禅の老師とブログという組み合わせの強烈な新鮮さ!参りましたっ。 私も、私の経験が、縁のある方たちに参考になる可能性を信じて、カミングアウトして行こうと思います。よかったら遊びに来てください。http://happyds.cocolog-nifty.com/blog/cat7015767/index.html

  16. SECRET: 0
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    riekoさん はじめまして。 書き込みありがとうございます。 ボインですが、あれは言葉のあやですよ(笑)。 四十になったころ、「悟った!」と思った時期があったんですが、いま考えると冷や汗がでます。いまはあの当時よりはマシになりましたが、まだまだです(笑)。 今でも「このおおうつけが」と言ってお師匠さんに叱られます。きっと一生かかりますね。 あとでゆっくりreikoさんのところに寄らせてもらいますね。

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