ヒーリングソウル

Healing Soul サイコシンセシスとフェルデンクライス・メソッドを使ったメンタルコーチのブログ。心と体のいい状態を見つけてみない?

レイライン 8 縄文ライン

 書類整理も終わって、やっとひと段落。
 連日ふだん使わない脳みそをつかっていたせいか、今日は朝からぼ~としています(笑)。
 午前中の雨も妙に春めいていて、なんとも不思議な気分。
 

 そういえば先日ある方からレイライン・古代幻視シリーズの感想をいただいた。その方がレイラインシリーズをさして「縄文コード」と言っていたんだけど、その言葉がすごく気に入っていて、いつかこれをタイトルにしたいとひそかに思っていたりする。
 

 というわけで、『レイラインシリーズ 8 縄文ライン』のお届けです。


 ところでレイラインの一端である出雲が正常に稼動し始めたことは、何を意味するんだろう?
 

 ひと言でいうと、縄文ラインの起動なんだよね。
 レイライン1にも書いたけど、茨城県の鹿島付近は縄文時代の遺跡が多く、弥生時代のものは数えるほどしかない。ところが4世紀末から5世紀前半には茨城県の八郷から行方郡に前方後方墳が集中しているんだよね。
 

 古墳時代前期前半、西日本で前方後円墳が多く造られていた頃、濃尾平野以東の東日本では前方後方墳が主流だった。それが時代が下るにつれて東日本でも前方後円墳がつくられるようになってゆく。そうした中で出雲だけは西日本でありながら古墳時代後期まで前方後方墳を造りつづけていたんだよね。
 

 これをどう解釈すればいいのか?
 
 
 東日本との関係でみてゆくなら、出雲は大和政権ができるよりも早く東日本の勢力と比較的平和裏に融合していたんじゃないだろうか。それが蝦夷の首長であるナガスネヒコの妹とニギハヤヒノミコトとの婚姻による同盟に象徴されているような気がする。つまり出雲族は渡来人でありながら、原日本人である縄文人と共感できるような感性をもっていたのかもしれない。
 

 そう考えると鹿島における縄文から古墳時代への移行と、出雲を象徴する前方後方墳の分布もうなずける。多氏と物部氏が6世紀後半~7世紀前半に鹿島にかかわるよりも前に、すでに出雲族は鹿島をはじめとした東日本とゆるやかに結びついていたのかもしれない。
 

 古代幻視3「神功皇后」で出雲と神功皇后・ニギハヤヒノミコトとの結びつきについては書いた。さらにニギハヤヒノミコトを大王とする三輪政権と北陸・東日本一帯の蝦夷(縄文人)との融合をみると、出雲ー諏訪ー鹿島は『縄文の感性』というキーワードで繋がる。
 

 もちろんエネルギーという観点から見ても出雲大社の裏山のエネルギーは、三輪山や諏訪の縄文遺跡があるあたりからまっすぐ天に立ち上るらせん状のそれと同質のものなんだよね。鹿島はまたすこし質が違うけど。
 

 そんなわけで出雲の起動はレイライン全体の縄文パワーの起動を意味する。ただこれはひとによっては、なかなかしんどい作業になるかもしれない。なぜかというと、弥生時代から現代にいたるまで主として動いているのは弥生的な男性性の強いエネルギーなんだよね。
 

 男性性っていうのは、主として分離・対立・自立といった性質がある。これに対して女性性は融合・信頼というような、いわゆる他者とひとつに溶け合いたい性質があるんだよね。乱暴な言い方をすれば、この違いが弥生と縄文の違いでもある。
 

 両者をくらべると、なんとなくわかると思うけど、男性性だけでも女性性だけでもだめなんだよね。男性性が強すぎれば対立と争いを生むし、女性性が強すぎれば自他の区別のつかない際限のない依存と甘えと独占欲を生む。
 

 大事なのはこの両者のバランスなんだよね。
 ところが現代人はこのバランスが男性性に偏りがちなんだよね。根本の部分での自他に対する信頼感が女性性の本質なんだけど、その女性性のベースがないまま自立を促進する男性性ばかりを求められてきたため、人間を信頼できなくなっている。
 

 人間を信頼できないまま自立を求められればどうなるか? 疎外感や他者とのコミュニケーション不全、さらには自分を守るために相手を攻撃するという手段をとらざるを得なくなる。あるいは自立を拒絶してひきこもるか。
 

 レイラインを流れる日本を包む空気というか、わたしたちの無意識を刺激する潮流は、男も女も例外なく、それぞれ自分の内側にある女性性を育てる方向に向かって流れてゆくよ。
 

だから自分自身の内面と向き合う勇気が時代を切り拓くポイントになる。そのうえで自分自身の内側にある男性性と女性性を上手に育ててゆくことが、夫婦・恋人はもとより身近な人間関係や国際関係をも好転させる力になるよ。
 
2007年2月18日

24 thoughts on “レイライン 8 縄文ライン”

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    自分の内側に向き合う勇気、 そして、男性性、女性性をバランスをとって豊かに育てていくこと、 もうもうすごくすごく納得です。 よきタイミングで、読むことができました☆

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    日本の社会は男子性が強い一方で、家庭内の親子関係では母子密着など女性性が極端に強いように思います。 二つのバランスを保てるように自分自身気をつけることが大事なんですね。

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    ■め☆ちゃん こんばんは。 そうですね。どちらもバランスよく育ててゆきたいですね。 いつもありがとう^^ ■さくらこさん こんばんは。 日本社会の男性性の強さは先進国に共通した問題点でもありますね。そのうえ日本の場合は、欧米と違って母性社会の側面が強いのでややこしいんですよ。 つまり女性性と男性性のどちらも未熟であるために、両者のマイナス面が強調されやすいわけです。

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    日本人は未熟なのでしょうか?「私は成長した!」「私は調和している!」などと、のたまう人々が、一番厄介な人達だと思うのは、私だけでしょうか?

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    >出雲の起動はレイライン全体の縄文パワーの起動を意味する 一体どうなるのか? 怖さと期待半分で少し緊張しますね。 縄文とはなにか?についてですが、 世界史レベルでの学術的な考察がありました。 これはリーアン・アイスラーという社会人類学者の「聖杯と剣」という本で示される概念ですが、 『協調型文化』対『支配者型文化』という構図になるそうです。 これは縄文ー弥生のイメージに明快に当てはまりますね。 私は未読ですが、T・マッケナの「神々の糧」からの抜粋では、 『アイスラーは<協調>型社会は<支配者>型社会に先立って現れたが、その後競争に敗れ制圧されたという考えを提唱してきた。』

  6. SECRET: 0
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    <続きです> 『支配者型文化は階層的な家父長制をとる父系優先型で、物質主義的で、物質主義的で男性支配的である。』 『自然と自己、そして他者から我々現代人が疎外されているのは、協調型社会と支配者型社会の間に緊張が存在していて、  しかも、支配者形態の方が強力でありすぎるからだ』 だそうです。 更に、 『アイスラーは考古学的記録を援用して、古代中東の広大な地域に存在した協調型社会では何世紀にもわたって全く戦争も動乱もなかったと論じている。戦争と家父長制が登場したのは支配者的な価値観が出現したあとのことであった』 だそうで、もしかしたら縄文とは世界史レベルの広がりを持っているのかもしれません。 協調型文化と支配者型文化を「大きな流れの中でどう読み解くか?」が鍵でしょうね。

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    <最後です> で、実際どのように協調型文化を現代社会に取り入れるのか?という疑問が湧くのですが、 かなり【ぶっとんだ発想】のようにも聞こえるかと思いますが、 マッケナは「植物による変性意識体験」に一つの鍵を見出しています。 縄文時代にも(パワースポットで)植物性幻覚剤による変性意識体験儀式が行われた可能性があります。 その儀式が自他の融合と自然との関わりを保障していたのかもしれません。 (火焔土器は、植物性幻覚剤の意識変性で生じる「頭から噴出す炎」を表現している?) ここからは全くの憶測ですが、 (キノコ・チョウセンアサガオ・麻の可能性が一番高いですが) 縄文時代に食用とされた樫やドングリといった木の実の中には、 アルカロイド系の幻覚成分が含まれているのかも知れません。 これが神示の縄文餅の意味ってことはないと思いますが・・・?

  8. SECRET: 0
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    未熟というときには必然的に成熟したものがあるとお考えになっていることを意味しています。 進化論的なイメージにも重なり、「未熟=劣っている」とおっしゃっていると受け止めることもできます。 キョーコさんは日本が何か成熟したものに比べて未熟であるとおっしゃっていますが、何と比べていらっしゃるのでしょう。欧米社会でしょうか(笑)

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    R.F.さん こんばんは。 >日本人は未熟なのでしょうか? もちろん個人差がありますが、未熟な大人が多いということです。 正確には、日本人のみならず人類という種が精神と霊性の進化のプロセスにおいて、未成熟であるということです。あえて人類と書かなかったのは、わたしは世界のすべての国の人と話をしたことがあるわけではないので、日本人という表現を使いました。 >「私は成長した!」「私は調和している!」などと、のたまう人々が、一番厄介な人達だと思うのは、私だけでしょうか? うわべのみをみて、彼らのすべてを厄介な人達だと思うのはなかなか厳しい視点ですね。「私は成長した!」「私は調和している!」と思うのもまた弱さをもった人間だからです。かれらのもつ痛みや弱さは、わたしの中にもあなた様の中にも、誰の中にもあるものだと思えてなりません。

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    ウォッチャーさん こんばんは。 >協調型文化と支配者型文化を「大きな流れの中でどう読み解くか?」が鍵でしょうね。 そうですね。 どちらか片方を否定するのではなく、それらを統合してゆけたらいいと思います。 ただ植物による変性意識体験については、ウォッチャーさんとすこし考え方が違います。 変性意識はたしかに通常の状態よりも無意識や自然などにアクセスしやすくなります。 それが内観などを通じて精神の進化によってもたらされるものであれば、生き方そのものを変えるほどの力があります。 けれど植物をはじめとした薬物によって作られる変性意識の場合は、一時的な変化でしかありません。心を磨くことなしに変性意識になることの危険性を考慮にいれると、なかなか難しいものがあるような気がします。

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    通りすがりさん 人間は日々進化成長してゆく生き物です。 たとえばAさんという人間がいたとします。現在のAさんと10年後のAさんを比べれば、10年後のAさんのほうが成熟している可能性は高いですよね。 他者との比較ではなく、個々の人間の精神の成長というプロセスのなかで、より豊かに成熟した状態に対して未熟といっています。欧米とか他国との比較でないのはもちろんのことです。

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    続きです >進化論的なイメージにも重なり、「未熟=劣っている」とおっしゃっていると受け止めることもできます。 わたしは心理学が専門ですので心理学的なものの見方になるのですが、未熟な状態というのは決して劣っているということではないのです。 たとえば子供は未熟ですが、おとなと比べて劣っているわけではありません。ただそこにいるだけで、じゅうぶんに価値があって、愛すべき存在です。 未熟というのもこれと同じです。 未熟でなにが悪いのです? ただそうした状態でいることが、生きにくさに生み出していることは事実です。それならばまず現状をありのまま受け止めつつ、より自分自身との信頼関係を作ってゆくことが結果的に精神の成熟に繋がります。

  13. SECRET: 0
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    続き そういう意味では日本人だけではなく、人類全体が人間のもつ心の成熟という可能性をひらいていったとき、いまの世界は変わると思っています。 もちろんそうした可能性はイベント的な自己啓発などではなく、地道な日々の積み重ねのなかからしか生まれてきません。 精神に関する内容はどうしても説明が長くなってしまうので、なかなか正確にお伝えできない面もありますがもまあ気長に読んでやってくださいませ。

  14. SECRET: 0
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    こんばんは。何事もバランスが大事なんですね。好きと嫌い、憎いと愛おしい、そんな両極端な気持ちの狭間で日々葛藤しています。バランスよく、その中心点に気持ちを持って行く事が出来たら、もっとおおらかな気持ちで生きていけるんだろうなぁって思うんだけど…。私自身、女性として生まれながら、未だに自分の女性性が受け入れられず、本当に未熟な自分に苛立ちます。いつか、自分が女性として生まれた事を、そしてこの世に生を受けた事を、受け入れられる日が来るといいなぁと思います。

  15. SECRET: 0
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    そうですね。痛みや弱さは誰の中にもありますね。私が言いたかったのは、調和だとか言っている人が自分に満足して、かえって日本全体の気を滞らせているのではないかと言う事です。何事にも終着点は無く走り続け、努力し続け、回し続けるべきかなと思ってますが、これもまた執着なのかなとも思ってます。

  16. SECRET: 0
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    アヤさん こんぱんは。 自分の中には、ほんとにいろんな自分がいますよね。よくわかります。わたしの中にもいますもの。 そしてどの自分も大切な自分というチームの仲間たちなので、そんな気持ちをひとつひとつ認めてあげられたらいいですね。 他のコメントにも書きましたが、未熟な自分もまたかわいいってな具合に、それを認めることができるといいですね。 これを開き直りともいいますが(笑)。 >いつか、自分が女性として生まれた事を、そしてこの世に生を受けた事を、受け入れられる日が来るといいなぁと思います。 きっとそのときがくると思います。 気楽にゆきましょう♪

  17. SECRET: 0
    PASS:
    R.F. さん お返事ありがとうございます。 そうでしたか。 R.F.さんの言いたかったことが理解できました。 たしかにおっしゃるとおり、安易に調和とか悟ったという方もいらっしゃいますね。本当の意味での調和を達成したいなら、常に自分自身の内面を見つめ、他者を認める努力が必要になってきます。その努力もせずに、言葉の響きに酔っているだけなら、それは自己欺瞞にすぎませんね。 >何事にも終着点は無く走り続け、努力し続け、回し続けるべきかなと思ってますが、これもまた執着なのかなとも思ってます。 素直に共感します。人間は死ぬまで成長する生き物だし、悟ったと思った瞬間、転げ落ちてゆくと言ったのは、たしか沢庵禅師でしたね。 それもまた執着なのかもしれません。けれどその執着さえも、見つめ続けてゆくうちに、いつか捨てられるときがくるかもしれませんね。

  18. SECRET: 0
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    あ~、今回とても分かりやすいです。 なぜ、この世に男と女の2種類か 性の役割に皆、葛藤しているんですね 女が女である事に、私も喜びを感じられる日々でありたいです

  19. SECRET: 0
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    与太郎さん ありがとうございます。 性の役割や、自分の中の異性の部分(男性なら自分の中の女性性、女性なら自分の中の男性性)とどう付き合うかというのは大きな課題ですね。

  20. SECRET: 0
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    >たしか沢庵禅師でしたね。 これを拝見して、自分が禅的な考え方をしているのに気付きました。禅は世界に誇れる、繊細で美しく、洗練されて粋な成熟した日本の文化だと思います。どの日本人の心の奥底に流れていると思うので、スピリチュアリズムや心理学的なものや、神霊的なものより、意識し易いのではないでしょうか?ただ、読み物としては、神様がでてきたりする方が面白いです。

  21. SECRET: 0
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    だれもが第十住心(即身成仏)までたどり着ける可能性を持っていますが、同時に、どんなに修行をしても、いつも気をつけていても、いつでもあっという間に第一住心の状態(欲望をコントロールできない動物のような状態)にころげおちてしまいます。第一住心の状態がいいとか悪いとかいうことではなく、第一住心の状態では「幸せ」からはほど遠いというようなことを弘法大師様はおっしゃっています。 弘法大師様も偉大なる祈祷能力の持ち主でしたよね。

  22. SECRET: 0
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    オフィス・マツナガさんのところから「通りすが」っていたのですが、結局、いつも気になってしまってお邪魔しておりますので、 「通りすがり」を改めまして、あやこと申します(笑) コメントへのお返事ありがとうございました。 未熟という言葉でキョーコさんのおっしゃりたかったことを拝読して、弘法大師様の「十住心論」を思い出しました。(私は要約版の『秘蔵宝鑰』しか読んでいませんが。)

  23. SECRET: 0
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    R.F.さん こんばんは。 そうですね。禅は日本人になじみやすいと思います。日常の所作動作から禅の心を学ぶこともできますものね。心理療法もベースの部分で禅の精神と通じるものがあるんですよ。 >読み物としては、神様がでてきたりする方が面白いです。 そうですね。書くほうも説法ばかりだとつまらないので、ついそっち方面の話になっちゃいますね。

  24. SECRET: 0
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    あやこさん こんぱんは。 お返事ありがとうごさいます。 お名前改名(?)してくださって嬉しいです。 「十住心論」は読んだことがありませんが、慢心が我欲を生むところなどは、禅やシャーマニズム・統合心理学にも通じるものがありますね。 きっと通る道は違っても、どれも最終的に目指すものは同じだからですね。

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