ヒーリングソウル

Healing Soul サイコシンセシスとフェルデンクライス・メソッドを使ったメンタルコーチのブログ。心と体のいい状態を見つけてみない?

古代幻視 1  饒速日尊

 さてこれからすこしずつ祈りや瞑想のときに降りてきたビジョンを書いてゆくね。これは一貫したストーリーではなく、ちょうどジグゾーパズルのように大きな流れの断片を見ているので、わたしにも繋がりのわからないところがたくさんある。
 

 それから神社に祀られている御祭神の名前が多々でてくるけれど、基本的に霊的な存在としてのそれではなく、歴史上の登場人物として、実際に肉体をもっているひとりの人間だと思って読んでね。
 


■その1 饒速日尊 (ニギハヤヒノミコト) 
 

 いつものように明け方の冥想をしようと目を閉じたとたん、強い神気がはいってきた。そちらに意識を向けると、山中の森の中にちいさなお社が建っているのが心眼に映った。
 

 石上神社という文字が見える。
 竹野の石上神社。
 はじめて聞く名前だった。
 なぜそんなものが見えるんだろう?
 そう思った瞬間、そのひとの意識がはいってきた。
 

 饒速日尊(ニギハヤヒノミコト)。
 心眼に映った饒速日尊(ニギハヤヒノミコト)に意識を合わすと、朝鮮半島の海辺の邑が見えてきた。饒速日尊(ニギハヤヒノミコト)の育った邑だ。彼はそこの首長の子として少年期を過ごした。
 

 やがて彼が青年に達した頃のこと。
 ある夜、かれは東方に光が落ちるのを見た。なんともいえない思いが心を大きく揺さぶった。彼は兵をひき連れ、光の落ちた東方を目指して海を渡った。
 

 光が落ちたのは丹後だった。
 饒速日尊(ニギハヤヒノミコト)は丹後の姫を娶り、やがて大和に進出して大きな力をもつようになる。丹後の姫は巫女として高い霊力をもっており、その力が大和を治めるのに大きな力になった。かれらは三輪山で月と太陽の祭祀を行い、ゆるやかな合議制の政治形態をとった。
 
 
 やがて丹後の巫女姫は饒速日尊(ニギハヤヒノミコト)のもとを去り月に帰った。姫を失った饒速日尊(ニギハヤヒノミコト)の運命が暗転するのはそう遠い未来ではなかった。
 

    ☆  ☆  ☆
 

 文章にすると短いけれど、これが最初に見たビジョンだった。
 当時は古代史なんて興味がなかったので、じつは饒速日尊(ニギハヤヒノミコト)という名前もこの時はじめて知った。
 

 朝になってさっそく『記紀』を調べてみると、饒速日尊(ニギハヤヒノミコト)は神武天皇の前に大和に降臨していた天津神で、物部氏の始祖ともいわれ、奈良の石上神社の御祭神として祀られていると書いてあった。
 

 これには驚いた。でもわたしが見たのは奈良の石上神社じゃなかった。丹後の竹野郡の石上神社だという根拠のない確信があったんだよね。調べてみると、これが本当にあるんだよね。
 

 さらに饒速日尊(ニギハヤヒノミコト)が目指した丹後は大風呂南墳丘墓・赤坂今井墳丘墓、日吉ヶ丘遺跡にみられるように、古代においては大きな力をもつ豪族がいた。これは大陸との交易ルートをもっていたために、鉄製品・ガラス・装飾品などが豊富に手にはいったことも関係していたんじゃないかと思う。
 

 竹野の石上神社がクローズアップされていたところをみると、大和に入る前の饒速日尊(ニギハヤヒノミコト)は丹後となんらかの関係があった可能性は高い。饒速日尊(ニギハヤヒノミコト)は元伊勢で有名な丹後の籠神社の御祭神でもあるしね。さらに丹後は海人の日本海ルートで出雲や越とも繋がっている。
 

 ちなみに古代では丹後・丹波・但馬は丹波国(タニハ)と呼ばれていたんだけど、713年元明天皇のときに上記の三つにわかれ、そのうち加佐郡・与謝郡・竹野郡・丹波郡・熊野郡がひとまとめに丹後と呼ばれるようになったという。
 
2007年1月28日
 

◆古代幻視シリーズ◆
古代幻視シリーズはレイライン・カテゴリに含まれますが、連載ものになっているので、上から順番に読んでいくと分かりやすいです。
 

・シャーマニズムと裏付け調査 2007年1月27日
・簡単古代史(記紀)入門 2007年1月28日
・古代幻視 1  饒速日尊 2007年1月28日
・古代幻視 2 滋賀県鏡山と伊勢遺跡 2007年1月31日
・古代幻視 3 神功皇后 2007年2月2日
・プロメテウスの火 2007年2月6日
・レイライン7 出雲の御祭神 2007年1月24日

4 thoughts on “古代幻視 1  饒速日尊”

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    すごいですねぇ。 ニギヤハヒと神武天皇は同族だったから国譲りが行われたんですよね。 朝鮮半島から  ・北九州=>出雲=>丹後=>大和  ・北九州=>日向 というように進出して、日向の神武天皇が東を目指して統一ということなんですかねー。 おもしろいです。

  2. SECRET: 0
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    ぼんさん 記紀では神武天皇と饒速日尊と同族になっていますが、話はもっと複雑かもしれません・・・・。 朝鮮半島や大陸から日本に渡るルートとしては北九州ルートのほかに、半島から直接出雲・鳥取・丹後にはいるルートがあったようです。 すでに前1世紀には、丹後と朝鮮半島のあいだに北九州を通さず直接交易するルートがあって、当時の丹後は丹後王国と呼ぶのにふさわしい有力な豪族がいたことが、古墳の発掘調査によってわかってきたそうです。

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    キョーコさん、いつもご返信ありがとうございます。 そうなんですか。 まぁ、任那あたりからの同族なのかもしれませんね。 韓国では、今でも任那があった全羅道は差別されてるそうですから、 日本へ進出した部族というなごりがあるのかもしれません。 でも、丹後王国はどこからの人々になるんでしょうねぇ?? このお話非常に興味深いです、ありがとうございます。

  4. SECRET: 0
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    >でも、丹後王国はどこからの人々になるんでしょうねぇ?? そうですねえ。 誰が調べて教えてくれないかな~と思っています^^

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